130.ロシア憲法の2020年改正の意味-樹神 成

ロシア国旗

概要

プーチンは、憲法改正を手段とし、親プーチンの各種団体の指導者と連邦と連邦構成主体の議員を動員することで、国民からの支持調達と体制の維持強化を試みた。本来不要の全ロシア投票という一括方式により賛否を問うことで、彼は目的を達した。主権の強化と社会国家の強調で国民に訴求しつつ、大統領中心主義を強化することに成功した。

憲法改正の手続

ロシアでは、2020年7月1日に、憲法改正の承認の問題に関する全ロシア投票が実施された。投票率67.92%、賛成77.92%だった。この結果、3月11日の国家会議第三読会および連邦会議で可決され、全連邦構成主体が承認し、3月14日に大統領が署名した憲法改正法が発効した。なお、全ロシア投票の当初予定は4月24日だった。
全ロシア投票は、憲法改正の手続としては不要である。第3章(連邦制)、第4章(連邦大統領)、第5章(連邦議会)、第6章(連邦政府)、第7章(裁判権と検察)および第8章(地方自治)を対象とする憲法改正は、連邦的憲法法律の採択の手続に準じて国家会議および連邦会議が可決し、三分の二以上の連邦構成主体が承認すれば発効する。2020年1月15日の年次教書演説でプーチンが提起してはじまった憲法改正(以下、2020年改正)は、第3章から第8章が対象である。なお、第1章(基本原則)、第2章(人権)および第9章(改正)の見直しには憲法集会(憲法制定会議)の招集が必要である

プーチンは、憲法改正の提起の時から全ロシア投票を主張した。全ロシア投票は、憲法改正法に、憲法改正時点の現職大統領に大統領任期「二期」限定の非適用を認める条文が盛り込まれたことから、2020年改正の賛否に止まらない意味を持つことになった。全ロシア投票は、憲法改正の賛否だけでなく、プーチンへの信任も問うものとなった。

全ロシア投票での賛成票投票者数は有権者総数から見ても過半数(52.45%)を超えており、大統領広報官が「凱旋的勝利」(大勝利)と評したのも頷ける。全ロシア投票を通して、ロシア国民は、プーチンが2024年大統領選挙に出馬する可能性を認め、プーチンは、国民の支持を結集できる政治指導者として、あらためて自己を示すことができた。

「競争者排除の圧勝民主主義レジーム」の綻びと憲法改正

プーチンが、当初から、2024年大統領選挙での出馬可能性の追求を2020年改正の目的としていたとは考えにくい。2018年の大統領選挙で、プーチンは、得票率76.69%(投票率は67.5%)で圧勝した。現代ロシアでは、選挙での圧勝は、他の有力政治家に対する優位、行政官僚の統率および国民からの合意調達という点で重要である。そのために「競争者排除の圧勝民主主義」とも言うべきレジームが形成された。2019年に年金改革に対する国民の反発は「圧勝民主主義」の綻びを示した。世論調査によると、プーチンへの信頼度や大統領選挙で投票する候補者としての想定度は低下した。プーチンは、国民から支持を調達し、国民の合意をつくり出す必要があった。憲法改正はその手段である。

憲法改正草案作成作業集団と改正内容の拡大

2020年改正提起の直接の契機は特定しにくい。注目できることがあるとすれば、プーチンが、2020年改正の提起と同日にメドベージェフ首相を解任したことである(政府総辞職)。同日に設置した憲法改正草案作成作業集団(以下、作業集団)の委員に、プーチンが、総辞職させた政府、省庁の幹部職員さらに連邦構成主体の長からは誰も任命しなかったことも刮目に値する。作業集団の委員に法律家は少なく、委員の多くは国家会議の委員会の委員長・副委員長や連邦会議構成員、連邦構成主体議会の議長、「全ロシア国民戦線」の中央本部員だった。「全ロシア国民戦線」は、2011年にプーチンが提唱し2013年に設立された組織で、文化や芸術、学術、スポーツ、障がい者、家族、女性、ボランティア、青年、経営者、企業家、労働組合等の団体を結集し、国家会議議員も参加している。

教書演説で提示した改正点に沿った憲法改正法案(「公権力の組織の若干の問題の規制の改善について」、以下、大統領提出法案)をプーチンは国家会議に1月20日に提出した。作業集団設置から提出までの時間の短さから、大統領提出法案をプーチン自ら執筆した可能性もある。大統領提出法案は、1月23日の国家会議の第一読会で草案として承認され審議が進んだ。第二読会法案は、国家会議が作成したのではなく、2月13日と2月26日に行われた大統領と作業集団との会見を踏まえて大統領提出法案を大統領が修正し(「公権力の組織と機能の若干の問題の規制の改善について」)、国家会議に提出した。

大統領提出法案から第二読会法案への過程は、プーチンが、議会議員および親プーチンの各種団体代表者を中心とする作業集団と協議=交渉し、要求を取捨選別する過程だった。プーチンは多くの要求を受け入れため、改正条文数は増大し、改正内容は拡大した。

改正の7つの基本方向

プーチンが教書演説と大統領提出法案で示した2020年改正の基本方向は次の7点である。
A. 「ロシアの法空間におけるロシア憲法の優先」
B. 二重国籍者および外国の居住資格保持者の「国の安全および主権の保障に極めて重要な職」への就任禁止と大統領任期の「二期」限定
C. 「国家の社会的義務」の強調と地方自治体の「公権力の単一体系」への組み入れ
D. 連邦-連邦構成主体の関係調整のための諮問機関である国家評議会の「国の内外の基本政策の決定」を主要任務とする憲法機関化
E.国家会議による首相候補者の承認および「強力省庁」(法的または事実上の強制力を行使する省庁、例えば、前者は、司法省(公訴)、後者は、国防省)を除く省庁の大臣候補者の首相による国家会議への提案と国家会議による承認
F. 「強力官庁」の大臣の連邦会議との協議を経ての大統領による任命
G. 憲法裁判所および最高裁判所の裁判官にたいする大統領の罷免提案権と「国家元首の署名前」の法案の「大統領の照会」による憲法適合性審査権の連邦憲法裁判所への付与

この基本方向に該当しない内容も第二読会法案にはある。それは、「権限を停止した大統領」の終身上院議員化と30名を超えない大統領任命上院議員(7名まで終身議員化可能)である。これは、連邦構成主体の代表者からなるという連邦会議の構成原理の部分修正である。連邦構成主体代表性の弱化が「上院議員」の名称導入と結びついている(第95条)。

大統領提出法案から第二読会法案への変化

以下、上述の基本方向に沿って、大統領提出法案から第二読会法案への変化を見ておこう。

Aの目的は、ロシア憲法との抵触を理由に欧州人権裁判所判決の効力をロシア国内で否定することである(ユコス事件に関連する欧州人権裁判所判決が主な契機)。Bは、ロシア憲法が、二重国籍を認め、居住地による差別を禁じていることからすれば重要な修正である。AとBの目的は、一言で言えば、主権強化である。

主権強化の志向は、第二読会法案で、領土割譲禁止(第67条)、そして領土で展開した歴史と文化の自己確認(第67条の1/68条/第69条)、そして、内政干渉禁止(第79条の1)へと展開した。「理想と神への信仰を伝えた先祖」等の個々の文言に関心が集まる。しかし、ソ連の解体が前提であるロシア憲法は、当然、自己確認の要素を持つ。前文がそうである。その点で、2020年改正での自己確認は、前文の継続、補足または上書きと捉えることもできる。一番の問題は、対外的な憲法の最高性→領土保全→歴史と文化の自己確認→内政干渉の禁止という改正内容の論理一貫性が、結局、偏狭な自国中心主義に陥らないかどうかだろう。

Cの「国家の社会的義務」の強調は、大統領提出法案では、最低生活費を超える最低賃金と毎年度の年金額改定を意味した。それは、第二読会法案では、連邦管轄事項(第71条)、連邦と連邦構成主体の共管事項(第72条)および政府権限(第114条)における、医療・健康や養育・扶養、家族・婚姻といった管轄事項の追加または権限の拡大へと展開した。「男性と女性の結合としての結婚制度の擁護」や伝統的家族価値の強調の明記に注目が集まる。しかし、「社会的協働」等の現代的理念も提起している(第75条の1)。つまり、「国家の社会的義務」の強調には、新自由主義の病理への対応や伝統的価値の強調、現代的な行政市民関係の追求が混在している。

主権強化と自己確認および社会国家重視の価値提示と政策宣言は、上から押し付けられたものではなく、下から(といっても議員や親プーチンの各種団体の幹部)の要求をプーチンが受け入れた結果である。それにより、プーチン発案の憲法改正は、国家会議と作業集団の協賛で、国民合意と支持調達の手段となった。

Cの「地方自治体の「公権力の単一体系」への組み入れ」からGは、垂直的水平的権力分立の問題である。垂直的権力分立について、大統領提出法案は、国家機関と地方自治機関が同じく公権力を行使するゆえに単一体系を構成するという概念を明確にした(第132条)。第二読会法案では、それを根拠に、地方公務員の任免への国家機関の関与を可能とした(第131条1項の1)。

水平的権力分立について、大統領提出法案は、首相、副首相および大臣の任命手続における権限再配分の要素(EおよびF)と、三権を担当する機関の大統領による活動停止(政府総辞職、議会解散)の拡大(G、裁判官の罷免提案権)の要素とがある。第二読会法案では、後者の面がさらに強くなった。大統領は、連邦と連邦構成主体の検事の任免権も獲得した。裁判官と検事の任免権を掌中にした大統領が、連邦議会が大統領の拒否を覆した署名前の法律の憲法適合性の照会の権限を持つことで、立憲的大統領中心主義とでも言うべき憲法現実が出現し得る。

大統領提出法案は、政府総辞職ではなく首相単独の解任も可能とした(第83条1項)。第二読会法案は、それだけでなく、首相の大統領への個人責任を明確にし、政府活動の基本方向を首相が決定するという文言も削除した(第113条)。そして、大統領の一般指導のもとで政府が行政権を行使することになった(第110条)。首相の地位の低下と大統領の優位が明白である。

3月10日の国家会議の第二読会は、現職大統領への大統領任期の「二期」限定の非適用を認める条文を第二読会法案に加えて憲法改正法とすることを決め、3月11日に国家会議と連邦会議はそれを可決した(既述)。

重要となる国家会議と連邦構成主体との関係

とはいえ、これをもって「独裁の強化」と評価するのは短絡である。大統領の憲法上の地位と役割が拡大したとしても、大統領の現実の優位は大統領支持の優位政党の議員と大統領に忠誠を誓う連邦構成主体の長が圧勝に貢献してこそ実現する。大統領-国家会議、大統領-連邦構成主体の関係が重要となる。

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2020年7月21日付で掲載されたものです)

ISSN 2435-3205


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