133.EUメタン戦略とロシア-蓮見 雄

ロシア国旗

概要

EUが打ち出したメタン戦略は、EU市場向けの石油・天然ガス輸出に頼ってきたロシアに適応を迫っている。しかし、メタンの漏出を抑制し、水素とともにその有効利用を図ることは、比較的低コストで実現可能であり、ロシアにとっても脱石油の良い機会となるかもしれない。

メタン削減の重要性

2020年10月14日、欧州委員会(EC)は、欧州グリーン・ディール(前稿「欧州グリーン・ディールのグローバル・インパクト」を参照)の一環として、「メタン(CH4)排出量削減に関する戦略文書1」を公表した。CH4は、質量あたりでCO2の25倍、20年間で考えるとCO2の少なくとも84倍の温室効果をもたらす。湿地帯などで発生する自然由来のメタンも多いが、世界のメタン排出の59%は人為的なものであり、これを今後30年間に半減できれば、2050年までに気温上昇を0.18度削減できるとされている。また、メタンは大気汚染源でもあり、その削減は健康増進にも貢献する。
ところが、メタンの排出量の測定、算定方法、モニタリングは国や産業ごとに大きく異なっており、その実態は十分に明らかになっているとは言い難い

EUメタン戦略の狙い-測定・報告の強化

こうした現状を踏まえて、EUメタン戦略は、メタン排出の計測と報告を強化するイニシアチブを取ることを目指している。
第1に、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のメタン排出量算定方法の中で最も厳しいTier3に基づく報告を標準化していくことである。
2020年11月23日に公表された「メタンガス排出量報告フレームワークOGMP 2.0」は、Tier3の普及に貢献すると期待される。OGMP 2.0は、国連環境計画(UNEP)、EC、米環境NGO環境防衛基金(EDF)、気候と大気浄化の国際パートナーシップ(CCAC)が主導して2014年に発足した石油・ガス・メタン・パートナーシップ(OGMP)が公表した自主的な基準で、メタン排出量の測定の正確性と透明性を向上させ、企業単体の事業活動に留まらず、生産に関わる関連企業を含め、石油・ガスのバリューチェーン全体のモニタリングを可能にするものである。OGMPには、BP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム)、イタリアのエニ、タイ石油公社、スペインのレプソル、米国サウスウエスタン・エナジー、ノルウェーのスタットオイル、フランスのトタルとエンジーなど、合計で世界の石油・ガス生産の30%を占める62社が参加している2
第2に、国連の枠組で、人間の活動に由来するメタン排出量データの収集、検証、公開を担う、独立した国際的なメタン排出量観測所の設立を支援することである。
第3に、宇宙衛星を利用したEUの地球観測プログラム「コペルニクス」を用いて地表、あるいはドローンを利用して空中から、石油・ガス関連のインフラ・施設からのメタンの漏出を監視する体制を構築することである。
第4に、メタン排出量の測定、報告、検証を義務づけるEU法を提案することである。

石油・ガス輸出国への影響

EUメタン戦略文書は、メタンを効果的に削減する施策として、次のような点を指摘している。
(1)バイオガス市場発展の促進
(2)農業分野での排出量削減
(3)全ての化石燃料系のインフラ、生産、輸送、利用における、メタン漏出の発見・修理の義務化
(4)ベンティング(大気中への天然ガスの直接放出)、フレアリング(焼却)、及びサプライチェーン全体をカバーする基準の義務化、及び2030年までにフレアリングゼロを目指す世界銀行の「ゼロ・ルーティン・フレアリング」への協力
(5)廃棄物、都市排水、下水に関する指令の見直し

EUにおける人為的なメタン排出のうち、53%が農業、26%が廃棄物、19%がエネルギーである。農業分野におけるバイオガスの利用など論ずべき点は多いが、ここではEUメタン戦略の石油・ガス分野への影響に焦点を絞ることにしよう。EU内における石油・ガス需要は減少していくとしても、域内生産が枯渇していくため、石油・ガスの大半を輸入に依存し続けることになる。EUメタン規制の強化はサプライチェーン全体をカバーしているため、その影響はEUのエネルギー市場に依存しているロシアなど石油・ガス輸出国にも及び、それらの国がEU市場に向けて輸出を続けるならば、規制に適応していなければならない。EUが国際的なメタン排出量観測体制の構築を目指していることを考えれば、EUのメタン関連法令は、ロシアが新たな輸出先と考えているアジア市場にも及ぶだろう。

図1は、2019年にEUに天然ガスを輸出している主要国の石油・天然ガス採掘・生産におけるメタン集約度を示したものである(この他、石油・天然ガスの精製による排出、パイプラインからの漏出もあるが、上流部門における排出、漏出、ベンティングなどが大きな排出源であることは間違いない)。これによれば、EUにとって最大の天然ガス輸入国であるロシアの石油・天然ガス開発上流部門におけるメタン集約度(石油換算バレル当たりのCO2の㎏相当)は34で、アルジェリアは56、近年、EU向けのLNG輸出を急増させている米国は21となっている。第2の供給国であるノルウェーはわずかに0.5であり、EUメタン規制の影響は受けないが、他の国々は適応を迫られることがわかるだろう。

図1 EUに天然ガスを50億m3(5Bcm)以上輸出している国における石油・ガスの採掘・生産のメタン集約度(2019年)


注:*リビアは、石油換算バレル当たりのCO2、277㎏相当のメタン

出所:J. Stern, Methane Emissions from Natural Gas and LNG Imports: an increasingly urgent issue for the future of gas in Europe, OIES PAPER: NG 165, p. 19.
https://www.oxfordenergy.org/wpcms/wp-content/uploads/2020/11/Methane-Emissions-from-Natural-Gas-and-LNG-Imports-an-increasingly-urgent-issue-for-the-future-of-gas-in-Europe-NG-165.pdf

図2は、ロシアと米国のメタン排出量に関する、国際エネルギー機関(IEA)の推計を示したものである。これによれば、ロシアの場合、陸上の在来型の石油・天然ガスにおけるベンティングと漏出が大きい。一方、米国では、非在来型のシェールオイル・ガスでのベンティングと漏出が大きいことがわかる。また、パイプライン等のガス下流部門での漏出は、両国に共通した課題である。
いずれにしても、EUのメタン規制強化がサプライチェーン全体をカバーするものであることから、EU市場に輸出を続けるには、ロシア、米国ともに自国内においてもメタン排出量の削減に取り組まざるを得ない。近い将来、EUの基準を満たせなければ、賦課金が科されることも想定されているからである。
とはいえ、IEAの評価によれば、これら上流部門におけるメタン排出量の削減は、追加コストなしに、ほぼゼロコストで実現可能とされている。EUメタン戦略の強化と国際的影響の広がりは、温室効果ガスの削減を進める上で実現可能性が高く費用対効果が極めて大きいと考えられる

図2 ロシアと米国の石油・天然ガスから排出されるメタンに関する推定値(2019年、KT)

出所:IEA, Methane Tracker 2020
https://www.iea.org/reports/methane-tracker-2020

欧州グリーン・ディールに対するロシアの対応

歳入の4割を化石燃料に頼り、かつその大半を依然として欧州市場に依存しているロシアは、EUの欧州グリーン・ディールに適応を試み始めている。2020年6月9月、11年ぶりにエネルギー戦略が改定され、「ロシアにおける2035年までのエネルギー戦略」が承認された。そこには、EUのエネルギー戦略に対する適応が見られる。

EUは、2020年7月8日に「EUエネルギーシステム統合戦略と水素戦略文書3」を公表しているが、それに呼応する形でロシアの「2035年までのエネルギー戦略」には水素エネルギーに関する項目が盛り込まれている4。これによれば、ロシアが水素の生産・輸出において世界で主導的地位を得ることを目標とし、水素及び水素混合エネルギーの輸送インフラ及び消費創出に向けた国家支援、法的整備を行い、天然ガスからの大規模な水素生産の拡大を目指す。また、変換・メタン高温分解・熱分解等による国産水素生産技術の確立を図る。ロシアが水素の生産・輸出において世界で主導的地位を得ることを目標とし、水素及び水素混合エネルギーの輸送インフラ及び消費創出に向けた国家支援、法的整備を行い、天然ガスからの大規模な水素生産の拡大を目指す。また、変換・メタン高温分解・熱分解等による国産水素生産技術の確立を図る。

さらに、2020年7月下旬にエネルギー省が作成した水素開発ロードマップによれば、2021年にロシア国営ガス会社ガスプロムがメタンと水素で稼働する発電タービンを開発。そのガスプロムとロシア国営原子力発電会社ロスアトムが共同で、ロシア発の水素生産を実現し、2024年には水素生産のための天然ガス処理センター、あるいは原子力発電所を稼働させる。その後、ガス設備や輸送分野における燃料として、水素及びメタン水素燃料の使用を検討するとされている。

EUが、再生可能エネルギー由来のグリーン水素を重視すると言っても、その試みは始まったばかりである。EUの水素戦略文書でも、当面は水素輸入に依存することが想定されていることを考えれば、ロシアの天然ガスから生産される水素は、CO₂を伴うグレー水素は対象外としても、CO₂を回収したブルー水素であればEUにとっても重要な資源である。
ロシアは、EUのグリーン・ディールの展開に適応しつつ、石油・天然ガス開発の上流部門やパイプライン網からの漏出を抑制し、それらを有効利用し、同時に豊富な天然ガスを利用して水素生産を強化していくことは、実現可能な戦略だと考えてよいだろう。化石燃料のEU市場輸出に依存してきたロシアにとって、この20年余に生じたEUのエネルギー政策の激変は極めて厳しいものであったし、現在もそうである。しかし、その変化に適応していくことは、ロシアが化石燃料依存を脱する機会であると考えることもできる

1 EC, on an EU strategy to reduce methane emissions, COM(2020)663 final.を参照。
2 Oil and gas industry commits to new framework to monitor, report and reduce methane emissions. https://ec.europa.eu/info/news/oil-and-gas-industry-commits-new-framework-monitor-report-and-reduce-methane-emissions-2020-nov-23_enを参照。
3 拙稿「ジオポリティックスからレジリエンスへ:次世代のエネルギー安全保障」『世界経済評論IMPACT』No.1835, 2020.08.03
4 以下、原田大輔「ロシア・欧州:石油ガス収入上のドル箱・欧州が進める脱炭素化(水素戦略及び国境炭素税導入)の動きとロシアの対応(発表された2035年までに長期エネルギー戦略を中心に)」JOGMEC,2020/9/2による。

[執筆者]蓮見 雄(立教大学経済学部教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2021年1月6日付で掲載されたものです)

ISSN 2435-3205

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