134.欧州バッテリー同盟EBAの「新しさ」と今後の課題-家本博一

EU

概要

欧州バッテリー同盟EBAは、東アジア勢に先行されている車載用バッテリーの開発と製造について、EU域内の産業や企業の連携を強化するコンソーシアム構想の下、規模の経済性の実現と国際競争力の引上げを伴う持続可能なサプライチェーンの構築、電池関連産業にとっての新たなバリューチェーンの構築を目指し、「循環型経済」への変革を促すものである。

EBA設立の経緯とその目的

2017年10月、欧州委員会は欧州バッテリー同盟(European Battery Alliance:EBA)を設立した。その際、シェフチョヴィチ副委員長(当時)は、
(1)EV向け車載用バッテリーの開発、原材料の調達・加工から開発・製造・販売までの全分野において、東アジア諸国(日本、中国、韓国)の企業が大きく先行している。
しかも、
(2)EU域内で製造拠点を増やし、欧州系自動車(完成車)メーカーとの間で中長期の契約を締結し、車載用バッテリー・ビジネスを席巻する状況となっている。
と指摘し、強い危機感を顕わにした。また、同氏は、全分野での欧州系企業のプレゼンスと役割を大幅に向上させるため、欧州系企業を中核としたコンソーシアムの創設(いわゆる「EV用バッテリー版エアバス構想」)を提案した。
  その一方で、EU域内企業がバッテリーの製造技術の向上や研究・開発の進展に乗り遅れたり、原材料の調達・加工、開発・製造・販売を域外企業に依存する度合いをさらに高めたりすることは、より一層大きなリスクを抱え込むことになると述べ、こうした状況を早期に回避することを強く求めた。

実際に、欧州を本拠とする車載用バッテリーの製造企業は、2020年12月時点では、スウェーデンのスタートアップ、ノースボルト(2016年設立)とドイツ・ベルリン郊外の米国系テスラの2社しかない。しかも、「規模の経済性がコスト削減にとって極めて重要であるバッテリー製造では、欧州系企業が新規に参入して東アジア諸国の企業に対して劣勢を巻き返し、さらに優位に立つことはほぼ不可能に近い」との意見も強い。

また、欧州の「投資家」の間では、車載用バッテリー産業の振興策に関しては、
(1)欧州委員会や他機関から多額の支援が得られなければ、欧州系企業がEU域内で車載用バッテリーの開発と製造を本格的に進めることは難しいのではないか。
そして、
(2)車載用バッテリーとしては、次世代電池と呼ばれる全固体電池(Solid-state Battery:SSB)の開発を早急に進めて実用化を目指すべきであるが、現在、幅広く利用されているリチウムイオン電池(Lithium-ion Battery:LIB)については、当面はEU域内に増えつつある東アジア勢からの供給に依存することもやむを得ないのではないか。
という2つの意見が主流を占めている(DER TAGESSPIEGEL、2020年7月24日付等を参照)。

ところで、欧州委員会は、フォン・デア・ライエン新委員長の就任(2019年12月)に合わせて、持続的な成長を実現する「循環型経済」への変革を目指すという、「欧州グリーン・ディール」と「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」を両輪とした欧州の復興・再生を目指す大規模な政策体系を公表した。その一環として、EV車の製造・販売の大幅増とこれに対応した車載用バッテリーのEU域内での開発と製造の推進、さらには次世代電池の開発への大規模な支援などに本格的に取り組むことを明らかにした。また、これと並行して、車載用バッテリーの包括的なサプライチェーンの構築を本格的に進める「汎欧州研究開発・イノベーションプロジェクト」(期間:2020年~2031年)に関して、欧州委員会は加盟7カ国による国家補助の交付を例外事項として承認した。

このプロジェクトは、東アジア勢に大きく水をあけられている車載用バッテリーの開発と製造について、(1)独仏連携を基軸としたコンソーシアムの下、(2)原料、材料から部品・完成品、応用品、さらにはリサイクル/リユースに至るまでの全ての工程(領域)を包摂した持続可能なサプライチェーンを構築することによって、「循環型経済」への変革を促進するものである。変革過程の中に、EV車の大幅増産を支える車載用バッテリーの新たな開発と大幅な生産増という挑戦的とも言える目標を組み入れ、バッテリーの開発と製造に係わる域内産業の規模の経済性の実現と、これによる国際競争力の引上げの達成を目指すものとなっている。
 つまり、EBAは、こうした課題解決型プロジェクトを活用して、車載用バッテリーに係わるEU域内の産業や企業の連携を強化し、規模の経済性と国際競争力の大幅引上げの実現による持続可能なサプライチェーンの構築を目的としていることがわかる。

参画単位(企業)と参画領域の関係から見えるもの

EBAは、「エアバス」構想の下、原材料やバッテリー部材のサプライヤー、バッテリーセルの製造企業に加えて、EUの諸機関、参画国の政府機関や研究機関、「投資家」など、欧州を本拠とする関係団体の広範な参加を求めた(実数341単位、延べ406単位-2019年10月時点)。そして、「2025年までに域内自給自足の実現」を目指し、「軽量、メンテナンス不要、低コスト、安全性」という4つの要素を兼ね備えたリチウムイオン電池の安定供給を実現する、という目標を立てた。
 具体的に言えば、EBAは、当面は現行のリチウムイオン電池を念頭に置きながら、以下の6つの参画領域を対象として、次世代電池、さらには次々世代電池の開発・製造をも併せて目指すことによって、全工程を包摂する新たなビジネスモデルとしてのバリューチェーンの構築を目指していると言える。

・6つの参画領域
電池出発(一次)原料
電池材料(部材)
電池セル・電池製造装置
電池パック・同システム、応用製品
リサイクル/リユース

つまり、EBAは、一方では、車載用バッテリーの原材料の調達(輸入)・加工からリサイクル/リユースまでを包摂する「循環型」の持続可能なサプライチェーンの構築を目指すと共に、他方では、原材料、材料からバッテリーセルやバッテリー・システムの組立・製造、蓄電機能を活用する応用製品の製造、リサイクル/リユースの活用へ、という領域間での結びつきの強化によって新たな市場価値を生み、しかも「費用減、差異化、集中化」を実現するバリューチェーンの構築を目指している。
 EBAの参画単位(企業)とその参画領域の関係から見ると、次のような3点を指摘することができる。

第一は、EBA設立前からの各単位(企業)の活動実績の積み上げと技術・人材・情報の蓄積という点で見れば、6つの参画領域のうち、「電池材料(部材)」、「電池セル・電池製造装置」、「電池パック・同システム」、「応用製品」という4つの領域については、EBAの活動成果はドイツとフランスの参画単位(企業)の工程間連携によってその成否が決定されることとなる、という点である。しかも、これら4つの領域では東アジア諸国の企業に大きく後れを取っているため、領域間での連携をいかに創り上げ、それを「軽量、メンテナンス不要、低コスト、安全性」という4つの要素を兼ね備えた車載用バッテリーの安定供給の実現にいかに結び付けるかが、欧州での車載用バッテリー産業の行方を決めることとなると考えられる。

第二は、「出発原料」という、東アジア諸国の企業から大きく立ち遅れている領域について、EBAは、「出発原料」の領域に係わる単位(企業)を多数擁しているフィンランドに大きく依存する形で「循環型」のサプライチェーンの構築を構想することとなった、という点である。EBAの活動が所期の成果を生み出すことを可能にする「もう一つの鍵」が、フィンランドを本拠とする単位(企業)の存在である。つまり、ドイツ、フランス、フィンランドという3カ国の参画単位(企業)の活動連携いかんによって、「EVバッテリー版エアバス構想」としてのEBAの成否が大きく左右されることになると言える。
 第三は、電池関連産業にとっての新たなバリューチェーンの構築が実現に近づくためには、参画単位(企業)間での連携活動だけでなく、参画単位(企業)を支える「投資家」と「欧州委員会サービス」との連携も重要である、という点である。

EBAの性格とは?

欧州委員会は、EBA行動計画の発表(2018年2月)に際して、
(1)持続可能な「循環型」サプライチェーンの構築
(2)欧州でのバッテリー産業とバッテリー関連産業にとっての新たなバリューチェーンの構築
という2つの目標を掲げ、欧州系の車載用バッテリー産業の全面的な再建をEU域内の共通目標として強調している。そして、こうした一連の動きについて、EBAは、蓄電池関係の活動を進める全ての企業(単位)に対して、全ての工程を「欧州グリーン・ディール」と「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」に対応した形で進めることを活動規準として求め、「循環型」工程連携の規準化を目指していると考えられる。
 このため、EBAはEU加盟国全体に参画への道が開かれたものではあったが、実際には「先行グループ」と「周縁グループ」という2つのグループの単位(企業)が活動主体として参画を認められる結果となっている。

・先行グループ 6つの領域についてすでに一定の実績を積み上げ、技術・人材・情報の各面においても一定の蓄積が見られる国々:ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、フィンランド、スウェーデン

・周縁グループ  先行グループとの間で、限られた数の領域ではあっても、すでに領域(工程)の連携が見られる国々:オランダ、ノルウェー、デンマーク、チェコ、ポーランド、ハンガリー

この意味では、EBAに関して、第三の特徴として、(1)コンソーシアム創設に基づくバリューチェーン志向型プロジェクトの策定・実施、(2)「循環型」工程連携の規準化、そして(3)「選ばれたプレイヤー」による集中的な課題解決型プログラムの策定・実施、という点を指摘することができる。

EBAの性格として、一つには、車載用バッテリーのサプライチェーンの構築と電池関連産業にとってのバリューチェーンの構築を実現することによって、「循環型」で持続可能な産業社会の実現を目指すという、イノベーション主体という面を有する。もう一つには、モビリティ電源、さらにはインフラ電源としての車載用バッテリーの有効性や実用性に着目し、EU域内市場でのシェア拡大を通じて最終的には地球規模でシェアを高めることにより、「循環型」で持続可能な産業社会へ向けての活動規準(ルール)の普及・拡大を目指すという、レギュレーション主体という性格も有しているように考えられる。

EBAに待ち受ける今後の課題

スピードに加えて「集中化」と「差異化」が強く求められるEBAにとって、活動や事業を進める中で、多くの課題が浮き彫りになってきている。まず、車載用バッテリーのサプライチェーンの構築を目指すEBAにとっては、電池出発原料と電池材料の安定的な入手、熟練した専門技能を有する専門家や熟練労働力の安定的な確保、リサイクル/リユースのコスト、効率性といった、供給サイドの問題をどのように解決に導くかが第一の課題となる。
次に、電池関連産業にとっての新たなバリューチェーンの構築を目指すEBAにとっては、6つの領域間での人材・技術・資金の連携の中で、(航空、海洋、国防、医療・福祉、インフラなど)さまざまな産業分野との商流チャネルをどのように活かすことができるかが重要な課題となろう。

さらに、現行のリチウムイオン電池に代わる次世代電池、さらには次々世代電池の研究・開発・製造のプロセスに早急に踏み込む必要があり、このためには、世界に先んじてわが国で進行している複数の「次世代電池研究・開発プログラム」と急ぎ協力・連携する必要があると考える。

最後に、欧州でのバッテリーリサイクルの状況に関連する3つの課題を指摘しておきたい。まず、リサイクル原料を使用したバッテリーの価格が、未使用原料を使用したバッテリーの価格より、平均して2018年12月時点で約2.5倍~約3倍、2019年12月時点で約2.3倍~約2.7倍と非常に高い、という問題である。

次に車載用バッテリーだが、統一基準が存在せず、しかもバッテリー製造企業ごとに基準が異なり、性能にバラツキが見られる。また、リサイクル原料、リサイクル材料のいずれにおいても、原料と材料の品質に均一性が見られない、という問題がある。
 さらに、これまでのところ、バッテリーの完成品販売実績に関する企業ごとの(種類別、容量別、エネルギー密度別などの)集計データは公表されているが、バッテリーの開発・製造に係わるデータは未公表のものが多い。そのため、企業活動の詳細な分析は言うまでもなく、投資決定や資金調達の分析の際にも作業がなかなか進まないという事態が続いてきた。投資決定や資金調達、さらには原材料調達の透明性の確保という問題は、EBAのような組織であるからこそ、早急に解決すべき課題であると考える。

以上のように、EBAに関しては、バッテリー関連産業における活動連携を始めとして、さまざまな部門との商流チャネルの拡大を通じて、気候、環境、エネルギーなどの問題を考慮した新たなビジネスモデルをEU域内で構築するという、極めて意欲的、挑戦的な目標が設定されている。今後も、独仏連携を基軸としたEU「選抜グループ」による挑戦を注視していく必要があると考える。

[執筆者]家本博一(名古屋学院大学教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2021年3月8日付で掲載されたものです)

ISSN 2435-3205

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