138.ロシアのビットコインと新興財閥-安木新一郎

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概要

ロシアで「デジタル金融資産法」が発効し、デジタル暗号通貨の発行、採掘、売買が認められた。新興財閥En+グループの傘下にあるシベリアのブラーツク水力発電所を利用したB社がビットコイン採掘を手がけている。決済手段としては禁じられたため現金需要を高める可能性もあるが、今後もプーチン政権を支える新興財閥・国営機関により、デジタル暗号通貨の採掘がロシアやカザフスタンなど旧ソ連圏で広がっていくものと思われる。

1.ロシア・デジタル金融資産法

2020年7月31日、プーチン大統領は「デジタル金融資産法」に署名した。同法は2021年1月1日に発効し、ビットコインをはじめとするデジタル暗号通貨(仮想通貨)11は決済手段としては用いることができないが、ロシア連邦中央銀行の規制の枠内で、発行、採掘(mining)、売買が認められた。

米フォーブス誌は次のように報じている。同法の成立によりルールが明確化され、ロシア国内でのブロックチェーンビジネスの発展に寄与すると、ロシア国内投資家は考えている。また、ロシア最大の国営銀行ズベルバンクによるルーブル連動のステーブルコインの発行につながる可能性がある(Forbes, August 6, 2020)。とはいえ、ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は国家発行のデジタル暗号通貨の導入に否定的である(Tacc, 10 октября, 2019г.)。
同法の成立の過程については、ロシア中央銀行がビットコインやイーサリアムを含む主なアルトコインのロシアの取引所での取引禁止を求めているのに対して、国会議員の中にはほとんどのデジタル暗号通貨の採掘や取引の自由を目指している者もいて、両者は激しく対立していた(例えば、Tacc, 3 мapтa, 2019г.)。
結果的に、事実上、デジタル暗号通貨関連業者が勝利し、シベリアのイルクーツク州ブラーツク市やクラスノヤルスク地方北部ノリリスク市(Bloomberg, March 2, 2021)などにある採掘施設において、合法的なデジタル暗号通貨の採掘が続いている。

例えば、2020年12月、デジタル暗号通貨採掘のための装置のリグ(rig)2万台(4,000~6,000万ドル分)が、シベリア・イルクーツク州ブラーツク市にある採掘業者BitRiver社(以下、B社)の施設に納入された。イーゴリ・ルネツ(Игорь Рунец)B社創業者兼CEOは、今回の装置導入でブラーツク市の施設はロシア最大の採掘施設になるだろうと述べた。なお、装置がアジアから輸入されたものだという以外、正確な国名やメーカーなどの情報は明らかにされていない(Коммерсантъ, 10 февраля, 2021г.)。
以下で述べるように、デジタル暗号通貨に関する事業は、プーチン政権を構成する新興財閥が担っており、今後もロシアではデジタル暗号通貨の採掘は活発に行われると考えられる。

2.新興財閥とビットコイン採掘<

一般的に、シベリアの工業都市は、(1)基幹産業が衰退して電力が余っており2、(2)工場跡や整地済みの広大な土地があり、(3)寒冷地のため、リグを冷やす特別な冷房設備があまりいらないため、デジタル暗号通貨の採掘適地とされる。
B社の本社はモスクワにあるが、採掘施設はブラーツク市にある。ブラーツク市にはバム鉄道が伸びており、アンガラ河をせき止めて造ったブラーツク・ダムと水力発電所が著名である。この水力発電を利用したアルミニウム精錬や、周辺のタイガ(森林地帯)の木材を原料とするパルプ生産などが行われている。このブラーツク市経済を事実上支配しているのが、オレグ・デリパスカ(以下、デリパスカ)を代表とするEn+グループである。

1991年のソ連解体以降、ブラーツク市のアルミニウム精錬が不振に陥った。エリツィン政権下の混乱期に、ロシアのアルミニウム産業はロマン・アブラモヴィッチやデリパスカといったユダヤ系新興財閥の手に渡ったが、2004年にデリパスカはロシア最大のアルミニウム企業ルサル(RUSAL)の株式を100%取得し、デリパスカの独占状態となった。その後、2008年のリーマン・ショック以降のルサル経営悪化により、政府関係者を役員として受け入れるかわりに融資を受けることで、デリパスカとEn+グループはいっそう政権に組み込まれた。

2017年創業のB社は、デジタル暗号通貨の採掘のための電力供給をブラーツク水力発電所に全面的に依存しており、ブラーツク水力発電所はEn+グループの子会社「ユーロシブエネルゴ―水力発電」社が所有している。実質的に、B社はEn+グループのためのデジタル暗号通貨採掘・管理会社だといえる。

ブラーツク市のアルミニウム関連工場やその跡の中に採掘装置を並べ、アルミニウム生産の落ち込みによって余った電力でビットコインを採掘する。採掘装置はロシア企業だけでなく、日本、米国、中国などの企業所有のものもあり、B社は設備の管理、警備、維持を行っている。
B社はブラーツク市での採掘や装置冷却の電源は水力発電によるものであり、カーボンフリーな点をホームページ(https://bitriver.farm/ru/)等で繰り返し主張している。なお、En+グループは水力だけでなく、南シベリアでの太陽光発電所の建設も進めており、化石燃料依存からの脱却を理念として掲げている。
<3>3.現金とビットコイン

デジタル金融資産法の施行により、ロシア国内でのデジタル暗号通貨を決済手段とすることは禁じられたため、現金の使用機会は減るどころか、これからも増える可能性がある。

2020年4月にロシア内務省は「ロシア銀行Bank of Russia」と名乗る闇サイト(アングラサイト)ストアを摘発した。「ロシア銀行」はロシア最大の闇サイト市場といわれる「ヒドラ(Hydra)」において、1年間で10億ルーブル(15億円)相当以上の偽札を販売したとされる。偽札はデジタル暗号通貨とのみ交換でき、少額であれば額面の30%、高額であれば10~15%で売られていた(Коммерсантъ, 7 апреля, 2020г.)。
菅原信夫氏は、ロシアでクレジットカードやデビットカードの利用が盛んなのにもかかわらず、街中いたるところにATM(現金自動預払機)があり、どこに現金需要があるのか、という問いを立てている。ロシア人は銀行口座を経由する「表」の取引と、デビットカードで現金を出し入れするためのデビットカード専用口座を持っており、この現金を使う「裏」の取引が存在していると述べている。また、「表」と「裏」をつなぐのがデビットカードであり、現金を潤滑油とした非常に元気な「裏経済」の存在があると論じている(ユーラシア研究所レポート、83.ロシアの現金主義。2017年10月24日付。yuken-jp.com/report/2017/10/24/cash-basis/)(最終閲覧日:2021年8月20日)。

ロシアではプーチン政権下の2000年代からルーブルの価値が安定すると偽札が増え、こうした偽札を使った違法薬物の取引も広まったといわれている。そもそも高額の決済には主に100米ドル紙幣やその偽札が使われていたが、脱ドル化が進む中3、いっそうルーブル現金とその偽札需要が高まったと考えられる。

「裏経済」ではこうした現金に加え、デジタル暗号通貨の利用が広まると、法律上、デジタル暗号通貨は決済手段機能を持てず、また現状、価値が安定しないため、現金とその偽札を決済手段として使わざるを得ない。こうして、ロシアではデジタル暗号通貨の保有者が増えると、現金および偽札需要もいっそう高まる可能性がある。

4.中国からシベリア・カザフスタンへ

ケンブリッジ大学オルタナティヴ・ファイナンスセンターのビットコインマイニングマップ(2020年5月)によると、世界のビットコイン採掘シェアは、1位中国65.8%、2位米国7.2%、3位ロシア6.9%、4位カザフスタン6.2%となっていた(ジェトロ・ビジネス短信、2021年5月31日付)。しかしながら、今後、中国の割合が急減すると見られている。

2021年5月に、中国国務院・金融安定発展委員会がデジタル暗号通貨の取引と採掘取り締まりを強化し、数多くの採掘業者が廃業に追い込まれている。中国の規制強化により、中国本土では採掘装置の価格が1台4,000元から700~800元に下がり、また採掘装置がカザフスタンなど外国へ輸出されている(ロイター、2021年6月28日付)。

カザフスタンの採掘業者の1つが、「エレクトロファーム(ElectroFarm)」社であり、ドミトリー・オゼルスキー同社CEOはロシアの国策投資機関ロスナノ(RUSNANO)の経営幹部でもある(コインデスク・ジャパン、http://www.coindeskjapan.com/19095/)(最終閲覧日:2021年8月20日)。すなわち、カザフスタンにおけるデジタル暗号通貨の採掘は、ロシアによる投資と中国からの採掘装置流入により支えられている面がある。 

カザフスタンでは国営採掘データセンターを地方の中核都市に建設すると同時に、2022年1月1日から採掘税を課すとしている。通常の電力価格に1キロワット時につき1テンゲ(0.25円)を上乗せする形で徴税する。なお、カザフスタンの電力価格は22.367テンゲ(6円)/キロワット時(ジェトロ・ビジネス短信、2021年5月31日付)。

ロシアとカザフスタンの共通点は、ソ連解体以降にさびれていった地方の工業都市の再開発に失敗し、その結果生じた余剰電力を使ってデジタル暗号通貨を採掘しようとしていることである。
ブラーツク市のように、採掘企業の城下町として生き残りを図る都市も出てきている。ソ連時代と同じく、企業には生活インフラの整備を含む社会的責任を果たすことがプーチン大統領により強制されるので、採掘企業の進出は地元民の生活保障にもつながり、地元民のプーチン大統領の支持率は高まるだろう。

今後もEn+グループやロスナノのようなプーチン政権を支える新興財閥・国営機関により、デジタル暗号通貨の採掘がロシアやカザフスタンなど旧ソ連圏で広がっていくものと思われる。

1 日本では「仮想通貨」は通貨ではないとして「暗号資産」と呼ばれるようになったが、ここでは以前から研究者が使ってきた「デジタル暗号通貨」と表記する。
2 2019年のシベリアの水力発電による電力価格は4セント/キロワット時、ロシア平均では7~8セント/キロワット時とされる(米ドル換算)(コインデスク・ジャパン、http://www.coindeskjapan.com/19095/)(最終閲覧日:2021年8月20日)。
3 ロシアにおける脱ドル化については、蓮見雄(2019)「多極化時代において脱ドルを模索するロシア」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』、1042を参照。


菅原信夫(2017)「ロシアの現金主義」、ユーラシア研究所レポート、83、2017年10月24日付。
蓮見雄(2019)「多極化時代において脱ドルを模索するロシア」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』、1042。
コインデスク・ジャパン・ホームページ(https://www.coindeskjapan.com/)。
ジェトロ・ホームページ、ビジネス短信(https://www.jetro.go.jp/)。
BitRiverホームページ(https://bitriver.farm/ru/)。
なお、報道機関記事は各社ホームページから引用した。
ロイター、Bloomberg、Forbes、Коммерсантъ、Tacc。

[執筆者]安木 新一郎(函館大学商学部准教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2021年12月7日付で掲載されたものです)

ISSN 2435-3205

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