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組織的な人材育成始まる-日本とロシアの大学間協力-川野辺 創

russia

概要

日本とロシアの大学間交流が、個別の活動から大学間の連携による活動へと重心を移しつつある。新たに設立された日露大学協会は、具体的な活動の枠組みが明確化し、学生が自主的な活動を行う組織である「日露学生連盟」を設立した点において画期的である。多くの課題を残すとはいえ、日ロ関係の将来を担う人材育成が始まった。

はじめに

日本とロシアの大学間交流が、個別の活動から大学間の連携による活動へと重心を移しつつある。その背景には、日露首脳会談に基づく8項目の「協力プラン」がある。この8項目の中には「人的交流の抜本的拡大」が含まれており、これを背景として日露大学協会が創設され、2018年5月に第1回日露大学協会総会が札幌で開催された。

本稿では、日露大学協会およびこれを取り巻く最近の日ロの大学間交流の動きを概観し、今後の日ロの大学間交流の可能性について展望することにしたい。

1.日露大学協会設立の背景

これまで日ロ間では、2009年5月に第1回の学長会議が東京で開催されて以来、ほぼ1年半おきに交互の国で学長レベルの会議が開催されてきた。そして、2016年10月に開催された第6回日露学長会議において、日露大学協会の設立が合意された。背景には、安倍・プーチン両首脳が8項目「協力プラン」、中でも人的交流の抜本的拡大を図ることに合意したことがある。日本政府はこの合意に先立ち、文部科学省の補助事業である「大学の世界展開力強化事業」の下、2014年にロシアを対象とした補助事業を開始し、北海道大学と新潟大学を含む日本の5大学とロシアの大学との学生交流を推進してきた。

2017年には新たに8大学を補助対象に加えた上、同事業の一環として、日露大学協会の運営と日ロの大学間交流に関する情報共有・発信するプラットフォームの構築を担う大学を募集し、北海道大学と新潟大学が共同で提案した構想(図参照)への補助(5年間)を開始した。

図 「大学の世界展開力強化事業」による日ロの人材育成プラン概要

2.日露大学協会の第1回総会と協会の特徴

以上のような経緯を経て、2018年5月19~20日に、第1回日露大学協会総会(第7回日露学長会議)が北海道大学をホスト校として札幌で開催された。ロシア側の都合により直前になって会期をずらさなくてはならないというアクシデントはあったものの、参加大学数はこれまで日本で開催された3回の学長会議並みで、日本側25大学、ロシア側13大学(それぞれオブザーバー参加を含む)が参加した。

会議には、林文部科学大臣、堀井外務大臣政務官が出席するとともに、ロシア連邦教育・科学大臣がメッセージを寄せるなど、政府としての関心の高さが示される中、「日露経済協力・人的交流に資する人材育成の推進」を全体のテーマとして、また分科会は「人材交流」「医療健康」「地域開発」の三つのテーマに分かれて各大学から取り組み状況や今後の展望が報告され、最後にはこれらを基にコミュニケ(共同声明)が採択された。
さて、このような形で立ち上がった日露大学協会は、どのような特徴を持つのか。ここでは、日本とロシア以外の国との2国間の学長会議と比較して、2点指摘したい。

表 日露大学協会加盟校一覧

1点目は、メンバー(参加大学)と当面の具体的な活動の枠組みが明確に定められたことであろう。通常の2国間の学長会議では、議論されたことの具体化に向けて下部組織が設けられることはほとんどなく、具体的な取り組みにつながることは必ずしも多いとはいえない。これに対して日露大学協会では、経済協力のための人材育成の促進と人的交流の拡大を当面の目標として明確に掲げるとともに、そのための具体的な活動の枠組みとして経済協力プランの8項目に基づき二つの委員会を設置し、活動を進めることとした(コミュニケに明記した)点に特徴があるといえる。

二つの委員会とは、具体的には、日ロ間の人的交流の量を拡大することを目的とする「人材交流委員会」と、日ロ間の経済協力に資する専門人材の育成を目的とする分野ごとの「専門セクション」の活動を促し、取りまとめる「専門セクション運営委員会」である。日露大学協会の設立について交わされた覚書では、その活動内容は人的交流から研究協力まで幅広く含むものとなっていたが、上述の2大学が提案したプラットフォーム構築構想の通り、日露大学協会の活動は日本側の描いた構想に沿った形で二つの委員会を置き、当面重点を置く活動内容が絞られることになった。

2点目は、日ロ間の学生交流を推進すべく、学生が自主的な活動を行う組織である「日露学生連盟」が設立され、これが協会(人材交流委員会)の下に位置付けられたことである。今回参加した日ロ合わせて34人の学生の中には、2017年9月に東方経済フォーラムに合わせてウラジオストクで開催された日露学生フォーラムや、同年11月に日露青年交流センターロシア国際青年センターとの共催により北海道大学で開催された日露青年フォーラムに参加した学生も含まれる。

学生たちはこれまでの議論を踏まえ、日ロの学生交流を阻害している要因として、情報と動機付け、コミュニケーションの不足があったと整理し、これらを解消すべく、情報提供の充実や多くの留学経験者をつなぐために日露学生連盟の設立が必要と結論した。また学生たちは、大学協会総会で学生連盟の設立が承認されると同時に、暫定的な取りまとめ役を決め、その後、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などを通じて、議論や活動を進めている。今後の学生たちの提言や活動が、学長レベルが集う協会総会で取り上げられ、日ロ間の学生交流の在り方に影響を与えていく可能性もあり、今後の展開に注目したい。

3.日露大学協会の活動状況と課題

人材交流委員会では、日ロ間の学生交流を抜本的に拡大すべく、日ロの幹事大学などが先行事例などを基に議論を重ね、単位互換や共同学位などに関する優良事例の提示や、両国の制度上の障壁の除去に向けた提言などを策定することを目指して活動を始めている。現在のところ、日本側の19大学が参画し、モスクワ大学などと連携を図りながら、ロシア側の参画を促している。

他方、各専門セクションについては、例えば「医療健康」では、新潟大学が取りまとめ役となり、この分野で日ロ交流に取り組む大学の情報交換の場が設けられ、また「都市づくり」では、北海道大学が取りまとめ役となり、同様の場が設けられている。これらを通じて、大学ばかりでなく自治体や企業との連携による人材育成の取り組みに係る情報が共有され、これにより、関係機関の連携による取り組みにもつながっている。このような連携の一例には、東海大学が主導して2018年8月に9日間にわたって実施された「ウラジオストク航海研修」がある。これは、東海大学が長年にわたって実施してきたロシア人学生と日本人学生とが東海大学所有の実習船に乗り込んで行う研修に、今回は極東連邦大学だけでなく、北海道大学、新潟大学、近畿大学からも学生および教員が参加する機会が提供されたもので「ライフケア分野における日露ブリッジ人材育成」の一環として、中身の濃い研修が実施された。

関係機関が連携して人材育成に取り組むのは、調整に労力を要するという面はあるものの、各大学に散在している日ロ双方の事情に知見のある専門家を結集させることによりプログラムを充実させることができる、学生が他大学の学生との交流により刺激を受けられる、また、教職員が情報交換を通じて知見を蓄積できるなど、メリットも多い。このような大学間連携による取り組みが増えることが期待される。なお、専門セクションには現段階で日本側の22大学(協会非加盟校を含む)が参画し、活動を始めている。
さて、このように日露大学協会はある程度順調なスタートを切ることができたといえるが、課題もある。
1点目は、ロシア側の大学の組織的・積極的な参画である。日露大学協会の日本側の活動は、プラットフォーム構築事業の一環として、文部科学省の支援を受け、北海道大学と新潟大学が中心となって推進していく体制が構築されている。他方、ロシア側の大学についても、同事業の一環として日本側と同様の体制が構築されるよう日露学長会議の共同議長でありロシア学長連盟の議長校であるモスクワ大学や同連盟の副議長校の一つである太平洋国立大学(ハバロフスク)とも協議を重ねているが、整うまでには多少の時間が必要なようだ。

日露大学協会には、ロシア側も日本側と同数の25大学(表1参照)が加盟しているが、同協会の立ち上げに関する覚書が締結されて間もない時期には、加盟大学に名を連ねる大学の幹部にも自らの大学が加盟していることを認識していないケースが見られるなど、同協会についての情報が行き渡っていなかった。また、第1回総会へのロシアからの参加大学数も、これまで日本で開催された学長会議に比べて、多いとはいえない状況であった。しかし最近では、ロシア側の大学からも加盟したいがどうしたらよいか、との問い合わせが寄せられるなど、関心の高まりが感じられる。

2点目の課題は、自治体や産業界の協力をいかに得ることができるか、という点である。専門セクションの活動に関しては、経済協力に資する専門人材を育成するという観点から、今後、大学のみならず、自治体や産業界との連携がますます重要になることは自明である。このため、プラットフォーム構築事業の一環として、活動状況を報告し、今後の連携を強化するための情報交換の場を定期的に開催することを予定している(直近では、2019年2月末に東京で行う方向で調整中である)。第1回日露大学協会総会の際には、札幌市の他、七つの企業・団体から協賛金の提供などの形で協力を得たが、今後はこれらの場を通じて、インターンシップの受け入れやワークショップの共催なども含めたさまざまな形で、自治体や産業界との連携が一層進展することが望まれる。

4.日ロ間の大学交流についての今後の展望

日ロ間の学生交流に関しては、日露大学協会やプラットフォーム構築事業とは別に、2018年10月から、ロシアから日本への留学を促進するための新たな取り組みも開始されることになった。北海道大学、筑波大学、新潟大学が共同で文部科学省に申請して採択された、日本留学海外拠点連携推進事業である(事業期間は5年間)。この事業は、ロシアと独立国家共同体(CIS)諸国から日本への留学生(大学、大学院、専門学校などを含む)を大幅に増やすべく、ロシアとCIS各地で留学フェアの開催など、留学情報の提供を行うものである。この事業でも、採択された3大学は、他の大学などにも呼び掛けて合同のフェアを開催し、自大学への留学生誘致だけでなく、日本全体へのロシア人留学生を5年間で倍増することを目指している。

このように、当分の間、日露大学協会および日露学生連盟の活動、プラットフォーム構築事業、日本留学海外拠点連携推進事業が相互に関連を持ちながら並行して行われ、日ロ間の学生交流および人材育成は大きな盛り上がりを見せることが予想される。特に、日本留学海外拠点連携推進事業によってロシアから日本への留学生は大幅に増えることが期待できる。一方、日本人学生のロシアへの留学については、これを後押しするために学生に給付される奨学金は充実しているとはいえず、このままでは大きな増加は期待できない。

上述の東海大学の航海研修に参加した学生が体験したように、実際にロシアへ行き、多くのロシア人と触れ合うことなしには、ロシアやロシア人について真に理解することは難しい。日露大学協会、プラットフォーム構築事業、日本留学海外拠点連携推進事業の事務局の一員を担っている筆者としては、日ロ協力による人材育成および学生交流の拡大に関心を有する大学、自治体、企業の方々にこれらの活動に積極的に参画していただき、これまで以上に相互の連携を強化して、日本人学生のロシア派遣を含む、ロシアとの交流全般を前進させることができればと願っている。

(注)日露大学協会およびプラットフォーム構築事業については、https://russia-platform.oia.hokudai.ac.jp/ を参照願いたい。

[執筆者]川野辺 創(北海道大学国際連携機構副機構長・教授)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2018年11月19日付で掲載されたものです)

Новые российские компании – Такси и российский продовольственный бренд-Д.Воронцов

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ロシアの新興企業-タクシーと食品ブランド-ドミトリー・ヴォロンツォフ

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ロシアにおけるマーケティングの発展-富山栄子

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概要

ロシア企業の経営戦略は顧客志向に変化し始めており、学術分野においてもマーケティングの研究が着実に進んでいる。これは長期的に見て、マーケティング知識を持ったロシアの人材が供給されていく可能性を高め、ロシアビジネスの改善に貢献することが期待できる。

1.はじめに

本稿では、日本ではほとんど知られていないロシアのマーケティング研究について紹介する。

マーケティングの役割は「顧客の創造」にある。「マネジメントの先駆者」と呼ばれるピーター・ドラッカー(Peter F. Drucker)は、マーケティングの本質的な役割が「顧客をよく知り理解し、製品やサービスが顧客にフィットし、ひとりでに売れてしまうようにすることだ」と述べ、製品やサービスに代金を喜んで支払おうとする顧客の存在こそが事業の土台であると捉えた。現代のマーケティング論の中心は、このような「顧客志向」(customer orientation)や「市場志向」(market orientation)の発想にある。

対照的に、ソ連時代には、顧客を意識した企業戦略や経営活動に関する理解は乏しかった。しかし計画経済体制が崩壊し、市場経済化の進展に伴ってロシア企業もマーケティングの役割を再評価し、新たな競争上の優位を獲得するために顧客志向の経営戦略を追求するようになった。ソ連崩壊後におけるロシア市場への多国籍企業の参入もまた、ロシア企業へのマーケティングの重要性の認識や知識の浸透に際して大きな役割を果たした。
対照的に、ソ連時代には、顧客を意識した企業戦略や経営活動に関する理解は乏しかった。しかし計画経済体制が崩壊し、市場経済化の進展に伴ってロシア企業もマーケティングの役割を再評価し、新たな競争上の優位を獲得するために顧客志向の経営戦略を追求するようになった。ソ連崩壊後におけるロシア市場への多国籍企業の参入もまた、ロシア企業へのマーケティングの重要性の認識や知識の浸透に際して大きな役割を果たした。

筆者は長年にわたってロシアの複数の都市においてマーケティングに関するフィールドワークを行ってきたが、ロシアでも着実にマーケティング活動が浸透していることを実感している。一方で、大きな地域差もある。例えば、2018年4月にウラジオストクにおいて実施した現地の外国車ディーラー(日本企業を含む)への現地調査では、顧客対応やアフターサービスなどにおいて教育が行き届いていた。また2014年9月に行った、サンクトペテルブルクの食品や医薬品のプラスチック容器専門メーカーであり自動車部品メーカーでもあるMir Upakovki1への現地調査でも、顧客志向が徹底され、欧州諸国への販売拡大が確認できた

しかし、2014年9月にロシアの大手自動車メーカー、アフトワズ(AvtoVAZ)の企業城下町・トリヤッチで行った調査では、そこに所在するロシア国営自動車部品メーカーには顧客志向という発想が全くなかった。このように、同じ自動車産業であっても資本形態や活動分野、さらには企業の立地によって、顧客志向の在り方にも違いが生まれている。


1 Mir Upakovkiはサンクトペテルブルクにある食品と医薬品のプラスチック容器専門メーカーであるが、日本から最新のInjection Stretch Blow Moldの成形機を輸入してプラスチックボトルの精度の高いねじの成形なども行い、食品容器製造技術から自動車の機能樹脂部品を生み出し、外資系の1次サプライヤーや自動車OEM(相手先ブランドによる生産)メーカーへも納入している。ユニリーバ、ネスレ、ロレアルなど欧州の外資系企業が顧客であるため、品質管理が徹底されている。食品、医薬品容器を製造するためHACCP(危害要因分析重要管理点)やISO22000(食品安全マネジメントシステムに関する国際規格)など食品安全衛生基準が適用されており、工場内は清潔に維持されていた(Mir Upakovki配布資料および工場見学による)。

2. ロシアにおけるマーケティングの進化

ロシアの学術分野においても、顧客志向に関心を向けたマーケティング研究が進んでいる。モスクワの企業100社を対象とする調査(1997年)に基づいたFarley and Deshpandé[2006]は、顧客志向の高い企業はより良い業績を達成していると示した。しかし、ソ連崩壊直後の時期は「何でも売れる」状況で、ロシア新興経済の企業は販売上の苦労を感じることはなかった。この時代のマーケティングコンセプトは製品志向(product out)であり、自社が提供しやすい製品・サービスを市場に供給していた。顧客のニーズを理解し、またはニーズを生み出すといったような顧客志向のマーケティング戦略を採用する必要性はそれほど大きくなかった。

Smirnova et al.[2011]は、顧客志向のマーケティングの本格的な始まりは、2009年に生じた世界金融危機とその後の景気後退の時期であると主張している。この時期に市場競争がより厳しいものとなったため、企業はマーケティング戦略を見直す必要に迫られた。ロシアの工業企業148社を対象とする調査に基づく彼らの実証分析では、顧客志向のマーケティングを採用する企業の業績がそうではない企業を上回るということが示されている。この結果を踏まえて彼らは、企業の業績改善には顧客志向の戦略を進める必要があり、購買部とマーケティング部の組織的な関係を強化し、バイヤーをはじめとする顧客がどのように考えているかをより深く理解する必要があると主張している。

スミルノワ(Smirnova)の研究グループはさらに、2008年、2010年、2013年の3期間にわたる企業調査結果に基づいて、ロシア企業は全体として顧客志向のメリットを理解し、顧客志向のマーケティング戦略を取るように進化している状況を明らかにした(Smirnova et al. [2017])2。彼らの研究が示すところによると、ロシア企業の顧客志向は(a)顧客中心の戦略と、(b)顧客サービス提供という二つの要素から構成される。前者の(a)顧客中心の戦略とは、経営方針として顧客を重視する姿勢、例えば「顧客満足度をビジネスの目的とする」「顧客のニーズに対応する企業であることにコミットし、顧客志向がどの程度実現されているかモニターする」「顧客にとって価値あるものを創造することを信念として持つ」といった方針を掲げることである。

(b)顧客サービス提供は「顧客満足度を体系的かつ頻繁に測定する」と「アフターサービスに細心の注意を払う」から成る。双方の要素が、企業が市場環境に適応し、利潤を最大化し、自社を発展させるために必要な能力を強化し、企業の業績を改善させることが示された。一方で、ロシア企業の問題点も明らかになった。「顧客中心の戦略」に関して言えば、ロシア企業は全体として顧客志向の重要性を認識してはいるが、全ての企業がそれを経営戦略や目標設定に採用しているわけではない、またはそれを実現する際に困難に直面しているという問題がある。例えば、顧客志向に関係するような重要業績評価指標(Key Performance Indicator:KPI)を導入しているロシア企業はいまだに一部にとどまっている。Smirnova et al.[2017]は、顧客サービスの提供を強化し、顧客志向のKPIを導入することによって、マーケティング戦略や効果を操作する必要があると指摘している。

2 2008年と2010年の調査は、電話・Skype・対面式アンケートによって実施された。2013年の調査はオンラインアンケートである。2008年の調査では39地域419社、2010年において10地域206社、2013年において14地域339社の企業が調査されている。なお、この調査の対象には、極東連邦管区は含まれていない。

まとめ

以上の先行研究から得られる知見を改めて整理すると、次の二つのポイントを指摘できる。
第一に、ソ連解体後のロシアでは時を経るに従いマーケティング志向に変化が生じた。市場経済移行初期においては、国内市場が大きく成長機会に富んでいた新興ロシア経済では、顧客志向への投資が必要とされていなかった。この時代は製品志向をコンセプトとするマーケティングが行われていた。

第二に、2009年の金融危機発生後の景気後退期において、厳しい生存競争の状況に置かれたロシア企業は顧客志向のマーケティング戦略の必要性と有効性を再認識するようになった。ただし、それをKPIの導入などを通して実践的な意味で実行した企業は一部に限られている。しかし、顧客志向のマーケティング戦略がロシア企業の経営上の課題となるのみならず、ロシアの学術分野においてもその研究が進み始めていることは、長期的に見て、現代的なマーケティング知識を持ったロシアの人材を供給し、ロシアのビジネス環境が改善されていく可能性を示している。

参考文献:
John U.Farley and Rohit Deshpandé [2006] “Charting the Evolution of Russian Firms from Soviet ‘Producer Orientation’ to Contemporary ‘Market Orientation’ ” Journal of Global Marketing, Vol. 19, No. 2, pp. 7-26
Maria Smirnova, Stephan C. Henneberg, Bahar Ashnai, Peter Naudé, and Stefanos Mouzas [2011] “Understanding the role of marketing-Purchasing collaboration in industrial markets: The case of Russia,” Industrial Marketing Management, Vol.40, pp. 54-64
Smirnova Maria M., Rebiazina Vera A.and Frösén Johanna [2017] “Customer orientation as a multidimensional construct: Evidence from the Russian markets,” Journal of Business Research, Vol. 86, pp. 457-467
富山栄子[2012]「ロシア市場への現代自動車とトヨタ自動車のアプローチの比較研究」『ERINA REPORT』第106号、pp. 57-64
富山栄子[2014]「自動車メーカーの新興国ロシアへの参入戦略~双龍自動車、マツダ、トヨタ自動車のウラジオストクでのセミノックダウン(SKD)生産による参入を事例として~」『ERINA REPORT』第116号、pp. 57-66
富山栄子「ロシアにおけるマーケティングの発展と現在:ロシア西部と東部の比較研究」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』2018年7月号(No.1030)

[執筆者]富山 栄子(学校法人新潟総合学園事業創造大学院大学 地域・国際担当副学長/教授)

※この記事は、2018年9月18日付けで三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

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