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ITを利用したロシアのサービス産業-菅原信夫

ロシア国旗

概要

無料でタクシーの配車アプリをインストールしてくれるGettの普及や、ロシアのマクドナルドで広く導入されているセルフオーダーキオスク。そしてソ連時代から身に付いているキーボードリテラシーの伝統。これらを見ると、ロシアのITにおける先進性を肌身で感じられる。何にでも挑戦し、同国の技術を自分のものにする意欲でトライすれば、その先進性を十分に取り入れることができるだろう。

はじめに

2017年もあとわずかの日数を残し、終わろうとしている。世界はトランプ米大統領の誕生に沸き、国の大小にかかわらず個性的なリーダーが輩出された年であったが、彼らが歯に衣(きぬ)着せぬ言論(時にはツイートだが)をリードするのは、まさに同年の特徴であった。

これまで、ある意味で世界を驚かせ続けてきたロシアのプーチン大統領は、相対的に目立たぬ存在となり、マスコミが取り上げるロシアの話題もずいぶんと減ってしまった印象もある。では、ロシア発として取り上げるべき話題は本当にないのだろうか。筆者が2017年、7回にわたりロシアを訪問した体験の中から、幾つか記憶に残るものを紹介したいと思う。

エピソード1:タクシー配車アプリGett

東京から10時間の空の旅を終えて、モスクワ・ドモジェドボ国際空港の国際線到着ロビーに降り立つと、目の前に二つのカウンターが並んでいる。一つは携帯電話「メガフォン」のSIMカードを販売しているカウンター。ロシアで現地の携帯電話を利用する旅行者には大変便利なサービスである。ロシアでは、SIMは利用者と電話会社が契約を結び、電話番号と利用者をひも付けした上でなければ使うことが許されていない。

滞在期間が限定されている外国人旅行者は、その期間内でのSIMの利用は許可されるが、期間終了後は携帯電話番号が無効となり、利用することができなくなる。また、パスポートのデータの他に滞在するホテルの住所を登録する必要もある。いろいろと面倒な手続きがあるため、筆者は弊社モスクワオフィスのスタッフに依頼してSIMを購入しているが、空港にあるカウンターで購入すると、販売代理店が自分のデータを提供・登録してくれる。従って、旅行者は自身のデータを電話会社に渡す必要がない。また、SIMの利用期間も彼らのロシアのパスポートを利用するため無期限となる。ある意味では、電話会社に対する虚偽申告ともいえるが、こんなSIMの販売方法は鉄道の駅に行けばいくらでもある。それを空港でやるから目立つものの、かなり昔から行われている販売方法である。

さて、本稿で紹介しようと思っているのは、このSIMのカウンターではない。その隣にあるタクシーの配車アプリケーション(アプリ)サービスを手掛けるGettのカウンターである。タクシーカウンターと書かれているから、そこでタクシーを頼めるのかと思いきや、このカウンターには2人の大学生らしき若者が黄色のベストを着て立っている。それ以外は何もない。

タクシーを呼びたいとそのスタッフに言うと、スマートフォン(スマホ)を貸してくれと言われる。そしてスマホを貸すと、すごいスピードでGettタクシーのアプリを当方のスマホにインストールしてくれる。そして、こちらに行き先を聞き、アプリを入れたばかりのスマホに書き込み1、2分待つと、画面には指定されたタクシーのデータが出てくる。スタッフは早速ドライバーに電話をして、3番到着ロビーのエントランスにあるGettのカウンターに行くよう指示。しばらく待つとタクシーのドライバーが現れて、われわれ旅行者に引き合わせて、スタッフの仕事は終了する。

このサービスは無償で行われ、またスマホが日本語でセットされていようが英語でセットされていようが、お構いなしである。自国語のスマホを操る、そのスピードで外国語のスマホにGettタクシーのアプリをインストールしてしまう。このあたりがロシア人のITレベルの高さだと、妙に納得してしまうから不思議だ。

ところで、このGettタクシーだが、本社はイスラエルにある。現在はイスラエル、ロシア、英国、米国でサービスを提供しているが、どの国でも車両を所有してのタクシー事業は行っていない。あくまでもこのアプリの販売拡大が同社の商売であり、すでにライセンスを持って稼働しているタクシーにこのアプリとの提携の話を持ち込み、契約車両を増やしている。このタイプのビジネスの最大のポイントは、アプリをインストールしたスマホを持つ利用者をいかに増やすかという点にある。このため、利用者が到着する空港のロビーの一角にカウンターやスタンドを設けて、無償で利用者のスマホにアプリをインストールしているというわけだ。ロシアでは米国のUberや、ロシアのYandex.Taxiなど数種類のタクシー配車アプリが並列で利用されているが、その最後尾に現れたのがGettである。その勝算やいかに?

2017年、筆者はモスクワ以外にエカテリンブルク、チェリャビンスク、ウラジオストク、ウラル、シベリア、ロシア極東地域に出張したが、どの都市でもYandex.Taxiのアプリは有用であった。アプリでタクシーを呼ぶときに感じる不安(広い場所でタクシーがどこに到着するか分からないなど)も、最近はドライバーの電話番号がアプリ上に表示されドライバーに電話して確かめることができるので問題はない。

例外もたくさんあるが、アプリを通じて客を乗せるタクシーのドライバーは、概して会話もしっかり絡み合う。レストランでも劇場でも、帰宅時間に合わせてタクシーを呼ぶことができるアプリは本当に便利で、自分がまさに町の常連のような気持ちになる。こうしたアプリは日本にももちろんあるが、いまだタクシー側も客側も慣れていない印象は否めない。いつになれば、日本でもロシア並みのサービスが受けられるのだろうか。

エピソード2:マクドナルドのセルフオーダーキオスク

日本では一時低迷したマクドナルドの人気がちょっと戻ってきた、ということであるが、ロシアのような長い行列は見ない。それほどに、マクドナルドはロシアで人気のあるファストフード店だ。2年ほど前だったか、久々にモスクワにあるマクドナルドの店舗をのぞいてみた。午後3時ごろ、一番空いている時間帯のはずだが、カウンターの行列は結構長い。しばらく見ていると「商品お渡し口」と書かれたカウンターが1カ所あって、そこでは銀行の窓口のように番号で客に注文品が出来上がったことを知らせるようになっている。この番号は注文を完了した時点で自動的に発行されるが、その注文はセルフオーダーキオスクと呼ばれる超大型タッチパネルに入力することで、全く店員の助力なしに注文を完了することができる。

また、支払いは現金、カード共にタッチパネルの下についている支払機で完了できる。そのため、注文品の受け渡し口では商品を受け取るだけの作業で、ここにはほとんど客の行列はできない。非常に合理的なシステムで、また言語を自由に選べることから、観光客の多い都市を中心にセルフオーダーキオスクを整備していると、マクドナルドはPRしている。

マクドナルドのウェブサイトでセルフオーダーキオスクの歴史を見ると、最初に導入されたのは米国、フランスで2015年、ロシアでもほぼ同時期に導入され、現在ではロシア全体の3分の2の店舗で導入が完了しているそうである。いかにロシア人の多くがこのようなシステムに慣れているか、そしてその習熟度は世界的に見てもトップレベルにあることが分かる。ちなみに、従来通りの行列に並んでいる人は高齢者や移民(中央アジアなどからの)が多い。一方、セルフオーダーキオスクの前に立つ客は学生風のロシア人が多い、という印象を持った。

日本では、マクドナルド大森駅北口店に全国で初めてのセルフオーダーキオスクが導入されたという記事があったが、現在はどうなのだろう。日本の場合、タッチパネルの操作に慣れていない客のために常時スタッフがスタンバイしている必要がある。従って、スタッフの省力化という目的がどこまで達成できるか、疑問は残る。

<エピソード3:キーボードリテラシーの伝統

幅広い年齢層のロシア人が今回紹介したようなIT技術を使いこなせる背景として、キーボードリテラシーの存在がよく指摘される。ソ連時代から、オフィスで働く人はタイプライターの使用を強制され、1本指打法でも構わないからタイプを一定時間内に仕上げることを要請された。現在でも高齢者がものすごいスピードで左右の人さし指1本を交互に動かしてキーボードを打っている場面に出くわすことがあるが、この伝統が若い人のキーボードリテラシーに続いていると考えられる。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を利用して、友人との会話を楽しむロシアの高齢者の数は日本の比ではない。これも若いうちに身に付けたキーボードリテラシーのおかげだろう。

筆者の妻がモスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学(ISAA)に聴講生として通っていたとき、教えてくれたことがあった。それは、学生たちがノートを持たず、iPad1枚をバッグに入れて登校し、先生の講義内容をとにかく全てそのiPadに記録してしまうのだそうだ。欠席しても、友人からその時の記録を転送してもらって終わり。試験もiPadに記録した答案を校舎内に張り巡らされたWi-Fiを利用してアップロードして終わり。とにかく何をするのもiPadから、という生活だというのだ。「日本は遅れている」というのが彼女の感想であった。

おわりに

日本人がロシアで快適な生活を送るためには、ITリテラシーが不可欠になっている。また、端末を使いこなすための最小限のロシア語能力が必要となる。それは決して難しいことではなく、日本でロシア語を勉強した人ならほぼ問題なく、その要求レベルに達することができる。最大の障害は、ロシアを「遅れた国」と見る意識だろう。逆に、何にでも挑戦し、ロシアの技術を自分のものにする意欲でトライすれば、ロシアの先進性を十分に取り入れることができるだろう。これからロシアに向かう人々には、ぜひそのような心構えでロシアでの生活を楽しんでいただきたい。

[執筆者]菅原 信夫(有限会社スガハラアソシエーツ代表取締役)

※この記事は、2017年12月21日付けで三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

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