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多国籍生産ネットワークの中で進化し続ける日系企業-チェコの事例-池本修一

チェコ

概要

チェコは伝統的工業国、熟練工の存在、欧州連合(EU)加盟、低い労働コストなどを背景に多くの日系企業が進出している。だがそれは単なる日系企業の進出にとどまらず、トヨタ・プジョー・シトロエン・オートモビル・チェコ(TPCA)の事例に見られるように、日系企業が系列を超えて多国籍生産ネットワークの中で進化し続けていることを示している。

はじめに

チェコは、第2次世界大戦前から欧州における機械工業の中心地域の一つであり、社会主義経済体制下でもその伝統を受け継いでいた。しかし基礎学力の高い労働者が存在していても、社会主義経済下での技術水準は欧米諸国に大きく水をあけられ、おのずと日本や欧米からの対外直接投資への期待が高まった。1998年に産業政策を重視する社民党政権誕生による政策転換(国有企業の外資への売却、対外直接投資の誘致政策導入)によって、2000年前後から製造業のグリーンフィールド投資を中心に対外直接投資ブームが到来した。
チェコにおける外国直接投資が増加した背景をまとめると以下のようになる。(1)伝統的な工業国であること、(2)多くの熟練工、マネジャーの存在、(3)西欧諸国への隣接という地理的優位性、(4)比較的整備されたインフラ、(5)西欧に比較して低い労働コスト、(6)投資インセンティブの導入、(7)欧州連合(EU)加盟による関税など障壁の撤廃などである。チェコの日系企業は、2001年のトヨタ自動車(以下、トヨタ)の進出を頂点に、製造業全体では98社、自動車産業では20社以上が操業を続けている(2016年末現在)。とりわけトヨタ系日系企業のチェコへの進出は、2001年のトヨタ・プジョー・シトロエン・オートモビル・チェコ(TPCA)進出前後から一気にその数が増え、特にTPCAが総投資額8億5000万ドル、雇用者3,000人、デンソーが同2億5400万ドル、雇用者950人と大型投資であった。

トヨタは1998年にフランスに進出し、現地でのデザインを採用してヤリス(日本名ヴィッツ)の開発・製造を開始した。次にヤリスより一回り小さな1,000ccコンパクトカーの開発・製造を目指し、労働コストの高い西欧先進国以外で、EU加盟を予定している中欧地域に生産拠点を置く計画を打ち出した。同時に欧州市場では、当初10万台程度の生産以上は見込めず、トヨタ単独での進出は困難と判断していた。さらにEUの二酸化炭素排出基準が日本の基準よりも厳しく、この分野での技術開発のためにもトヨタは欧州でのパートナーを探していた。こうした背景から、トヨタはフランスの自動車メーカーであるPSAプジョー・シトロエン(以下、プジョー)と対等比率(トヨタ50%、プジョー50%)での資本提携の下で、チェコのコリーン市(Kolin)にTPCAを設立したといわれている。

TPCAと系列企業

よく知られているように、トヨタの特色である生産方式はトヨタ生産方式(TPS)と呼ばれ、その柱の一つが、効率化のために在庫を極力なくすためのジャスト・イン・タイム(JIT)方式である。つまり在庫を極力なくすためには、自動車組立工場の周辺に部品調達工場を集積する必要がある。こうしたことからトヨタが外国に進出する際には、トヨタ関連の主要な部品メーカーを引き連れるのが慣例となっている。1998年のフランス進出、2001年のチェコ進出でも同様の傾向が見て取れる。
しかしチェコのTPCAで計画された生産台数が10万台ということで、部品メーカーにとって、原則としてトヨタ向けの生産だけでは採算が取れないとのジレンマがあった。そのためトヨタのみに部品供給を依存しているメーカーのチェコ進出は現実的に難しく、すでにドイツやフランスなどの他の自動車メーカーとの取引があるような、部品供給先が安定的かつ複数ある部品メーカーがチェコやポーランドに進出してきたと考えられる。
TPCAにはトヨタの他の外国生産工場と異なった事情が存在した。それはプジョーとの対等な資本関係である。TPCAではトヨタが生産現場を担当し、プジョーが財務部門と部品調達を担当することとなった。これが従来と異なり中欧地域におけるトヨタ関連企業との取引関係に影響を及ぼすことになる。
トヨタ生産方式の原則の一つには、関連部品メーカーとの長期的関係があり、部品メーカーと一体となって製品開発を行ってきた伝統がある。しかしプジョーの部品調達は、短期でかつコスト(価格)重視の厳格な基準があるため、従来の取引慣行と異なる関係に直面した。そのため、チェコに進出したトヨタ系企業の中にはTPCAとの取引がほとんどないか皆無の企業が存在した。
トヨタ関係者への聞き取り調査によると、一般の海外工場の場合は、部品調達の約3分の2はトヨタグループから納入されるという。他方、TPCAの場合はプジョーとの役割分担が大きく影響しているため、トヨタグループからの調達は50%を切っているという。部品数、取引額によって異なるであろうが、いずれにしてもTPCAの場合は、通常のトヨタ生産ネットワークの枠を超えた生産ネットワークが築かれているのは間違いない。
『週刊東洋経済』2017年4月29日・5月6日合併号のトヨタ特集によれば、TPCAだけでなく2015年生産のカローラに搭載された衝突回避支援システムがデンソー製ではなくドイツのコンチネンタル製であることはデンソーショックとして広く知られており、トヨタグループ(系列)内の事業再編が加速している。逆にトヨタ系企業も、TPCAなど欧州のトヨタだけに頼らずに欧州の自動車企業との関係強化を構築している。つまりトヨタとの良好な関係を維持しながらも新たな調達先を開拓するという、グローバル化・脱ケイレツ化を推進せざるを得ないのである。

新たな生産ネットワーク

企業訪問したA社ではTPCAとの関係だけでなく、ドイツの部品メーカーと協力関係にあると説明してくれた。このドイツ部品メーカーは、フォルクスワーゲン(VW)、シュコダ、BMW、アウディに部品を供給している商社部門があり、積極的に営業活動をして工場ごとに部品供給メーカーを取りまとめる(まるでメインバンクのように)取引企業を決めている点である。このような企業をSPP(single plat production system)と呼び、他の下請け企業を選別し指名する役割を担っている。BMWも同じシステムを採用していて、例えばB社をSPPに指名して、B社が主導して他の部品メーカーを指名する。A社はこうしてTPCAだけでなく、B社の指名によりドイツ部品メーカーの生産ネットワークに参加している。週刊東洋経済のトヨタ特集にあるドイツモデルと恐らく同様のモデルと思われるが、メガサプライヤーとしての中核部品メーカーが中心となって、車両メーカーと部品メーカーを主体的に中継ぎする水平分業の構図が見て取れる。垂直統合のトヨタモデルと対照的である。

おわりに

トヨタはチェコでのTPCAの設立により、従来の系列以外の生産ネットワーク構築と、プジョーとの提携を通してプジョーの生産システム、経営システムを学んでいる。あるいは、もうすでに学び終えているのかもしれない。前述の週刊東洋経済のトヨタ特集では、トヨタがカローラの搭載衝突回避支援システムを系列企業でなくドイツ系企業から調達したことを論じているが、欧州ではすでに2000年初めにこうした新たな調達ネットワークが構築されている。このように、日系企業は系列を超えた、文字通り多国籍の生産ネットワークの中で進化し続けているのである。

主要参考文献
池本修一・岩崎一郎・杉浦史和編著(2008年)『グローバリゼーションと体制移行の経済学』文眞堂
池本修一・田中宏編著(2014年)『欧州新興市場国への日系企業の進出』文眞堂
『週刊東洋経済』2017年4月29日・5月6日合併号 東洋経済新報社

[執筆者]池本 修一(日本大学経済学部教授)

※この記事は、2017年10月3日付けで三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

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