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60.新段階に入る極東開発 -伏田 寛範

ロシア国旗

概要

2015年は、ロシア極東開発の転機であった。新経済特区やウラジオストク自由港が始動し、第1回東方経済フォーラムが開催された。こうした開かれた環境の下で、産業クラスター形成の鍵となるスピンオフと産学連携や、外資の参入が進んでいる。多様な企業が担い手となって、極東開発は新たな段階に入り始めている。

はじめに

2015年は極東開発にとって新たな転機の年であった。まず注目されるのは、同年3月30日に「優先的社会経済発展区域(TOR)」と呼ばれる新型の経済特区を設置する法律が発効したことである。これは、アジア太平洋地域を主なターゲットとした製品の生産拠点となる地区を極東地域に創出しようというものである。TORを設置することで、これまで極東開発の中心となっていたエネルギーや資源分野だけでなく、農業、輸送、ハイテク産業など新たな分野においても国内外の投資家を呼び込むための条件作りが急速に進んでいる1

2015年10月に始動した「ウラジオストク自由港」もまた、TORと並び注目されている。ウラジオストク市とその周辺地区を領域とするこの経済特区は「輸送網を整備し、天然資源以外の輸出産業育成を目指す」2ものであり、関税・検疫・出入国管理などに関する規制が大幅に緩和される他、入居者に対しては諸税の減免やインフラの無償提供などといった優遇措置が与えられることになっている。

投資家の誘致という点で注目されるのは、2015年9月にウラジオストクで開催された第1回東方経済フォーラムであろう。ロシア国内外から32カ国約4,000人(そのうち外国人は約1,500人)もの参加申し込みがあったこの会議には、プーチン大統領をはじめ閣僚や政府高官が参加し、大統領自ら極東地域のトップセールスを行った3

こうしたプーチン政権の強力なイニシアチブと次々と打ち出される新政策に目が奪われがちであるが、現場の極東地域においても着実に変化が生じている。本稿では極東開発を担う経済主体の変化に注目し、新たな局面に入りつつある極東地域の姿を描きたい。


1 TORについては「ロシア極東に企業を呼び込め-ビジネス重視の極東開発戦略への転換」(2015年4月21日付掲載)を参照。
2 「ウラジオストク自由港-国際ビジネス拠点への変貌にも期待」(2015年10月1日付掲載)を参照。
3 Thttp://www.rg.ru/2015/09/07/forum.html

スピンオフの進むコムソモリスク・ナ・アムーレの産業

2015年2月、政府小委員会は、沿海地方のナデジンスキー、ハバロフスク市とともに、コムソモリスク・ナ・アムーレ市をTORの設置区域として選定した。同市は、ハバロフスク市の北東約360キロメートルのアムール川左岸に位置する極東第3の工業都市である。コムソモリスク・ナ・アムーレ市は、ソ連時代に極東地域における機械製造業・軍需産業の拠点として建設され、スホーイ・ブランドの航空機を製造するコムソモリスク・ナ・アムーレ航空機工場(KnAAZ)や、タンカー、貨物船、潜水艦などを建造するアムール造船所(ASZ)などが立地する。TOR「コムソモリスク」は、同市の経済を支えるKnAAZを中心とした航空機関連のハイテク産業クラスターを創設することを目的としているが、既にこうしたクラスターの形成の兆しは現れている。ここではKnAAZとコムソモリスク・ナ・アムーレ国立工科大学(KnASTU)を例に、クラスター形成の鍵となるスピンオフの進展について紹介しよう。

長年、主に軍用機の生産に携わってきたKnAAZは、1990年代から生産の多角化に取り組むようになり、2003年からは新型旅客機スホーイ・スーパージェット100(SSJ-100)の開発生産に参加するようになった。KnAAZにはSSJ-100の一部コンポーネントの生産と最終組み立てラインが設置され、さらに、この新型旅客機を開発した航空機メーカー「スホーイ民間航空機」(本社:モスクワ)のコムソモリスク・ナ・アムーレ支社も置かれた。KnAAZによると、今後、SSJ-100の生産により同工場で生産された50%は民需品になると見込まれている4。このように、ソ連時代以来の軍用機の生産工場であったKnAAZに本格的な民間機部門が誕生しつつあるのだ。

KnAAZと並んでTOR「コムソモリスク」の核となるのが、KnASTUである。同大学は1955年の創立以来、コムソモリスク・ナ・アムーレ市の地元経済を支える企業で働く技術者の養成に携わってきたが、近年は地元企業との共同研究・開発活動にも力を入れている。2010年に設立されたKnASTU付属の技術移転センター(テクノパーク)では、石油精製用の触媒や複合素材、特殊金属によるメッキ加工技術、レーザー測定技術などの新技術が開発され、実際にKnAAZやASZ、石油会社ロスネフチなどで採用されるに至っている。テクノパーク以外にも、KnASTUからスピンオフする形で、若手研究者らによる小規模イノベーション企業が多数設立され、新技術の事業化が取り組まれている5。こうした企業群がKnAAZなどの中核企業の周辺に集積することでクラスターを形成し、さらには新産業の創出や多角化に寄与することが期待されている。


4 http://www.knaapo.ru/about/history/etapes/civil_project/
5 https://www.knastu.ru/page/259

極東発のバリューチェーンは形成できるのか? -新型経済特区の展望

新型経済特区TORの成否は、何を極東地域で生み出し、アジア太平洋地域で売っていくのか、という点に懸かっている。ロシア政府首脳はたびたび「TORや自由港は外国の『最良の実践』を取り入れたものであり、アジア太平洋地域において最も恵まれた条件を提供するものだ」といった内容の発言6を繰り返しているが、そうしたビジネス環境を整えることは必要条件にすぎない。むしろ課題は、TORや自由港の枠組みを活用して、アジア太平洋地域に見られる高度なバリューチェーンの中に極東地域をいかに統合していくのか、あるいはロシア極東地域を軸とした新たなバリューチェーンを形成することができるのか、といったことにある。

例えば、TOR「コムソモリスク」の中核企業KnAAZは、旅客機(SSJ-100)の国際共同開発・生産のプロジェクトを通じて極東地域発のバリューチェーンを築き、ロシア国内だけでなくアジア太平洋地域にも製品を販売している。また、メキシコのInterjetはSSJ-100を17機運用しており、さらに10機を追加導入するという。他にも、中国やベトナムにもSSJの販路を拡大する計画があると報じられている7。こうした成功例を積み重ねることが必要なのである。

新たなバリューチェーンの形成という意味では、極東地域に眠っているビジネスの種(シーズ)をいかに花開かせるのかといった視点も重要となる。前節で紹介したように、既にコムソモリスク・ナ・アムーレでは大学発のベンチャー企業が多数設立されており、こうした独自技術を持った企業がロシア国内外の企業と協力することで新たなビジネスを生み出すことが期待されている。TORや「自由港」が提供するさまざまな優遇条件は、そうした新ビジネスを育てていくための養分となるだろう。


6 例えば、プーチン大統領の第1回東方経済フォーラムでの演説(http://jp.sputniknews.com/business/20150904/849898.html)やガルシカ極東発展大臣へのインタビュー(http://jp.sputniknews.com/business/20150904/846167.html)にこうした趣旨を見いだせる。
7 http://ria.ru/analytics/20150826/1208834341.html

開かれた地域に変貌する極東地域-新たな段階に入りつつある日ロ経済協力

これまで、ロシア極東地域は狭い市場故に十分な関心が払われてこなかった。だが、極東地域の背後には1億人の規模を誇る中国東北部や中央アジア諸国市場が控えている。こうした新たな市場を確保するための橋頭堡(ほ)としても、極東地域の重要性は高まってきているのだ。2015年9月に開催された東方経済フォーラムにロシア国内外から多数の参加者があったことは、彼らが極東地域のポテンシャルを高く評価していることの証左であろう。極東開発に参加する主体の多様化・多国籍化が急速に進んでおり、極東地域は文字通り開かれた地域へと変貌しつつある。

極東地域を舞台とした日本とロシアの経済関係や経済協力もまた、新たな転機を迎えつつある。ソ連時代から続く両国の経済協力の歴史をひも解くと、従来は大企業による資源分野での協力が主であったが、近年では経済協力の分野も主体も共に多様化していることに気が付く。ウラジオストクでの自動車工場建設やハバロフスクでの温室農業事業などは、その好例であろう。中小企業もまた極東地域への進出を検討するようになり、一部の事業では既に成果を挙げているものもある8。さらに今後は、上記で紹介したような現地のスピンオフ企業との合弁事業なども見込まれるだろう。これからの日ロ経済協力は、資源開発のような巨大プロジェクトだけでなく、日ロ両国で多様なニーズとシーズを掘り起こし、どのように事業化していくのかという観点も重視されるようになるだろう9


8 個別事例についてはウェブサイト『ロシアNOW』の「露日ビジネス新潮流」(http://jp.rbth.com/ronichi_business)を参照。
9 日本企業のロシア進出については「ロシア進出と現地での事業活動における経営課題(1)進出形態」(2015年12月22日付掲載)を参照。

[執筆者]伏田 寛範(公益財団法人日本国際問題研究所研究員)
※本稿は、著者個人の考えであり、著者が勤務する組織の考えを代表するものではない。

※この記事は、2015年12月28日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

ユーラシア研究所レポート  ISSN 2435-3205

13.ロシアの航空機産業の今-伏田寛範

ロシア国旗

概要

ソ連崩壊後の20年間でロシアの航空機産業はその姿を大きく変えた。かつて航空機大国として名をはせたロシアは、西側企業との連携を強めながら、成長著しい中小型旅客機市場への参入を目指している。ロシアが再び航空機大国の地位に返り咲けるかどうかは、今後数年のうちに明らかになるだろう。

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