
概要
概要 ロシア最大の石油会社ロスネフチは、株式の約70%を政府が、約20%を英国BPが保有している。経済制裁下でも、BPはロスネフチの主力油田の権益を確保するなどその関係を堅持している。2015年のロスネフチを見ると、アジア向け輸出拡大、借入金残高の減少
、インドへの油田権益の譲渡など新たな動きがあり、日ロ関係を占う上でも今後も目が離せない。
1.ロスネフチとは?
「ロスネフチ」と言われても、日ロ関係あるいはエネルギー産業に詳しくない限り、すぐにぴんとくる読者は少ないのではないだろうか。ロシア政府が株式の約70%を保有する、ロシア最大の石油会社である。その概要を表1にまとめたが、その生産規模は巨大で、2014年の日本の石油とガスの総消費量のそれぞれ9割超および5割超に匹敵し1、世界最大の国営石油会社サウジアラムコ(サウジアラビア)の2015年石油生産量(日量950万バレル)の半分弱(43.3%)、世界最大の民間石油会社エクソンモービル(米国)の同年石油生産量(日量234万5000原油換算バレル)の2倍弱(175.5%)である。

表1 ロスネフチの概要
(*) 石油の他に、ガス田から液体分として採取される原油の一種である、コンデンセートを含む
(**) 2015年通年のドル・円平均レート121.05円(三菱東京UFJ銀行公表値)を基に換算
(***) 2015年12月30日のドル・円仲値(三菱東京UFJ銀行公表値)=120.61円を基に換算(業績は2015年通年実績;同社年次報告書などを基に筆者作成)
ロスネフチのイーゴリ・セチン社長は、同じサンクトペテルブルク出身のプーチン大統領の腹心の一人といわれ、これまで大統領府副長官、エネルギー担当副首相を歴任し、2012年5月から現職にある2。
ロスネフチの主な特徴は以下である。
(1)英国の国際エネルギー企業BPが、20%弱の株式を保有する。
(2)石油・ガスのほとんどを、ロシア国内の陸上で生産しており、特に西シベリアの主力油田群は、同社の石油・ガス総生産量の60%超を占める。
(3)国境を接するエネルギー消費大国・中国との関係を深めている。中国へ長期にわたり石油を供給する代わりに、輸出代金を前払いで受け取る契約を、複数締結している。
(4)極東開発も重視し、サハリン島周辺での液化天然ガス(LNG)工場建設計画、日本海岸での石油精製・石油化学コンプレックスや造船コンプレックスの建設計画などを推進してきた。
上記(1)に関し、2014年に始まり今も継続する欧米諸国による対ロシア経済制裁下においても、BPはロスネフチとの関係を堅持している。2015年東シベリアで、BPは国際エネルギー企業として初めて、生産中のロスネフチの主力油田の権益20%を取得するなど、関係を強化しているように見える。
上記(2)に関し、日本も参加する極東の「サハリン1プロジェクト」は、ロスネフチが参加する数少ない、海上(オフショア)プロジェクトである。
上記(3)に関し、中国はロスネフチの石油を単に購入するのみならず、購入代金を前払いする形で、ロスネフチの資金調達を支援している。ただし、後述のように2015年、ロスネフチはインドとの関係強化にも乗り出した。
最後の(4)について、ロスネフチは、単にエネルギー企業というだけではなく、ロシア政府の意向を踏まえて極東の総合開発を行う、巨大な「地域開発公社」の役割を担ってきたともいえる
2.近年の動向
2013年まで、ロスネフチはセチン社長の強力なリーダーシップの下、それまでの石油・ガスの生産基盤だった西シベリアに加え、新たに東シベリア、北極海はオホーツク海を含むロシア大陸棚での石油・ガス開発、さらにはロシア国内の陸上部におけるタイトオイル・ガス3開発を実現しようとした。
低温や流氷といった厳しい気象条件下にあるロシア大陸棚や、タイトオイル・ガスに関し、必要な技術や経験が少ないロスネフチは、それらを有する欧米のエネルギー企業、例えばエクソンモービル、スタトイル(ノルウェー)などと相次いで提携した。
しかし、2014年2月に始まったウクライナ危機と翌3月のクリミア併合を引き金とした、欧米諸国による一連の対ロシア経済制裁は、国際金融市場におけるロスネフチのドルやユーロ調達を不可能にし、タイトオイル・ガスやロシア大陸棚開発に必要な資機材の調達を困難にした。これにより、ロスネフチとの提携を通じロシアに参入した欧米のエネルギー企業は、一部を除き4、ロスネフチとの共同事業を事実上凍結。外資との連携を前提に発展の絵を描いてきたロスネフチに、大きな誤算が生じた。
このような状況下、2016年3月に発表された2015年通年のロスネフチの業績などで、筆者が特に注目したのは、以下の諸点である。
(1) 石油生産量は、前年比で若干の減少(前年比▲1%)
(2) アジア向け石油輸出の大幅増加(前年比+18.5%)
(3) 借入金残高の大幅減少(前年比▲38.6%;約545億ドル)
(4) インド国営企業による東シベリア主力油田群の権益取得(正式発表は2016年3月)
上記(1)に関し、ロスネフチは、西シベリアの主力油田群の生産量減退を、新規油田の生産増などで補えなかった。今後3年にわたり、毎年1兆ルーブル(現時点の為替相場で換算すると約150億ドル)の投資をすることで、生産量維持を狙っている。同社は2016年の石油生産量を、前年比横ばいと予想している。
上記(2)は、プーチン大統領が2015年9月に国際会議の場で述べた、アジア向けエネルギー供給の重視と整合する。
上記(3)に関し、ロスネフチは、2012年のロシア大手石油会社TNK-BP買収資金などを、国内外の銀行からドルやユーロといった外貨建て借入で調達した。返済のピークが2014年および2015年に訪れる中、ロスネフチは2015年、複数の国際的なエネルギー商社や中国企業と相次いで長期の原油あるいは石油製品供給契約を締結し、前払いで得られた資金(154億ドル相当)を、既存債務の返済に充てた可能性がある5。
上記(4)は、ロスネフチが東シベリアで有する最大の油ガス田ヴァンコールの権益を最終的に49%まで、同じ東シベリアのタース・ユリャフ油田の権益29.9%を、それぞれインドの複数の国営企業に譲渡するものである。特にヴァンコール油田は、2014年9月にプーチン大統領自ら、中国企業への権益譲渡を示唆していた。順調な経済発展を背景に、エネルギー需要が伸びつつあるインドによる同権益取得は、ロスネフチあるいはロシアが、これまでの中国重視姿勢を変化させたのではとの憶測を呼んだ。
上記以外で日ロ関係の観点から特筆すべきことは、2015年11月に日本の民間団体の招きでセチン社長が来日し、東京で開催された国際会議において、日本政府や企業に、東シベリアや極東への投資を自ら呼び掛けたことである。
セチン社長が具体的に挙げた複数のプロジェクトには、サハリンから北海道へ電力を供給する「パワーブリッジプロジェクト」も含まれていた。電力事業を営んでいないロスネフチが、日本への電力供給を提案すること自体、驚きである。しかし2015年、先に挙げたLNG工場や石油化学プラントといった極東の主要プロジェクトの進捗が見られない中、少しでも極東でプロジェクトを実現しようとするセチン社長個人の想いあるいは焦りが、その背景にあったのかも知れない。
3 タイトオイルおよびタイトガスは、頁岩(けつがん:シェール)や砂岩などの高密度な岩盤層から採取される、非在来型の原油あるいは天然ガス。1980年代後半から米国で開発が進展した。
4 各種報道によれば、ロスネフチとスタトイルとの提携は現在も継続しており、2016年オホーツク海上の2鉱区で、試掘を行う模様。この2鉱区が、現行制裁(主な条件;大水深(500フィート≒150メートル以深)および北緯66度33分以北の北極圏内における石油関連プロジェクト、シェールオイルプロジェクト)に該当しないためと推測される。
5 ロスネフチのこのような前払い付き長期供給契約締結は、結果的に、同社の財務諸表にある長短債務(銀行借入など)を簿外債務、すなわち財務諸表へ掲載しない形へ転換しただけとの見方もある。
3.2016年の課題
2016年4月にスイスで開催された国際会議の場で、セチン社長は今後2年間、原油の供給過剰状態が続くとの見解を示した。換言すれば、今後2年間は原油価格の低迷を見込んでいることになる。このような状況下、ロスネフチは市場シェアを維持し、既存の長期供給契約を履行すべく、当面は国内主力油田における生産量維持に注力するであろう。アジア重視の観点から、2015年に比べさらに多くの石油を、アジアに向けることも考えられる。
また、プーチン大統領が重視するものの、インドによる東シベリア主力油田への参入以外、大きな成果が見られない極東開発を、改めて動かそうとする可能性がある。
2016年は5月6日にロシア・ソチで非公式の日ロ首脳会談が行われるなど、政治レベルで日ロ関係の動きが見込まれる。対ロシア制裁緩和あるいは解除のめどは立っていないが、ロスネフチはさまざまな場面で極東開発に関し、日本に秋波を送り続ける可能性はある。今後の日ロ関係を占う上で、ロスネフチそしてセチン社長の動向に、引き続き注目したい。
※本稿は、全て筆者個人の意見・見解であり、筆者の所属する国際石油開発帝石株式会社の見解などを示すものではない。
[執筆者]篠原 建仁(国際石油開発帝石株式会社 ユーラシア・中東事業本部 業務企画ユニット シニア・コーディネーター)
※この記事は、2016年5月19日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。
ユーラシア研究所レポート ISSN 2435-3205