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経済制裁下のロシア経済-リスクと新たな可能性-岡田 進

ロシア国旗

要旨

< ロシアの経済危機は、油価低迷や経済制裁など外的要因に影響されやすい資源輸出=輸入依存モデルの限界を示している。しかし、経済制裁下の輸入代替を契機として、自立的に再工業化=イノベーション・モデルへの転換が模索され始めている。これは長期的に見れば、ロシアが製造業分野の国際分業に参加していく新たな可能性を生み出すかもしれない。

はじめに

ロシア経済は1年以上落ち込みが続き、原油価格の暴落や経済制裁の影響が指摘されている。だが留意すべきは、こうした外的諸要因に影響されやすい資源輸出=輸入依存モデルそのものが行き詰まっていることである。しかし、経済制裁下の輸入代替を契機として、自立的に再工業化=イノベーション・モデルへの転換が模索され始めている。これは長期的に見れば、ロシアが製造業分野における国際分業に参加していく新たな可能性を生み出すかもしれない。

1.落ち込みが続くロシア経済 2015年と2016年第1四半期


2015年に、ロシアの国内総生産(GDP)は3.7%のマイナス成長を記録したが、これは2008~2009年の経済危機当時とは異なって、主要国の中ではロシア経済だけが落ち込んだ。工業生産は3.4%減少し、固定資本投資は8.7%低下した。特に大幅に減少したのは貿易額で、輸出は37.7%、輸入は32.1%減少した。実質賃金は前年に比べて9.5%、可処分貨幣所得は4%減少し、国民生活を直撃した(最低生活費以下の所得人口は2008~2009年の経済危機以来の13.3%に上昇)。購買力の低下から小売商品流通高も10%減少した。その一方で、ルーブル安の影響もあって、不況にもかかわらず年間の消費者物価上昇率は15.5%にも達した。ただし、一部で強制休暇や賃金未払いが復活しているとはいえ、失業率は5.6%と欧米諸国に比べて特に高いわけではなく、またこの間、企業財務は全体として黒字基調であった。
2016年に入って低下のペースは多少鈍化したが、依然としてマイナス成長が続いている。同年第1四半期のGDPは前年同期比マイナス1.4%で(経済発展省推計値)、工業生産は同0.6%減にとどまったが、固定資本投資は同8.4%減と高水準で、住民可処分所得は同3.9%、小売流通高は同5.4%それぞれ減少している。所得の減少や節約志向による消費需要の減退により、インフレ率はようやく年率7.3%に下がった。住民の貯蓄率は15.7%に急上昇し、不要不急の支出を控える「生き残り指向」が鮮明になっている。
歳入減と歳出増により、2015年の連邦予算はGDP比2.6%の赤字であったが、すでに2016年1-3月期には赤字は3.7%と2016年度予算で定められた3%を上回っており、このままの状態が続けば、オイルマネーを貯めた赤字補填のための予備基金は2017年中に底をつくと見られている(以上の数字は連邦国家統計局の公式データおよび経済発展省のモニタリング・データによる)。国際通貨基金(IMF)は2016年のロシアの成長率をマイナス1.0%、2017年にはようやく回復してプラス1.0%と予測している(同年4月改定値)。

2.経済危機のロシア特有の原因 資源輸出=輸入依存モデルの行き詰まり

近くは中国経済の減速をはじめとした世界経済の低迷もさることながら、こうしたロシア経済の際立った落ち込みにはロシア特有の原因がある。ここでは、資源輸出国ロシアを襲った原油価格の暴落、ウクライナ問題に端を発した西側諸国による対ロシア経済制裁といった外的要因が挙げられるが、むしろこうした外因によって深刻なダメージを受けたロシア経済の脆弱な体質にこそ問題があるといえよう。
欧米諸国が2008~2009年の経済危機からの立ち直りを見せた2013年には、早くもロシアのGDPは2012年の3.5%から1.3%に下がり、まだ外的影響がなかった2014年上半期には0.8%にまで低下していた。ロシア産原油の輸出価格が1バレル当たり120ドルに達し、同年は年間でほぼ100ドル水準を維持していたにもかかわらず、である。これは、石油・ガス輸出に依存して高成長を遂げたロシアの成長モデルの潜在力が尽きたことを意味した。
資源輸出収入によって増大した消費・投資需要はもっぱら輸入に向けられて、国内産業活性化の要因とはならず、その結果、輸出価格が不断に上がり続けて輸入が増えない限り成長が見込めなくなっていた。ここでは大量の資源輸出収入が自国通貨高を招き、国内製造業の価格競争力を低下させるという、いわゆる「オランダ病」が指摘される。だが、そもそも世界の原料供給源となることで自らの富裕化を目指したオルガルヒ(新興財閥:彼らはまた利潤の多くを海外に逃避させた)の支配と、市場が全てを解決するとして産業政策や科学技術政策を放棄した1990年代以来の政府の新自由主義政策によって、機械・設備生産は20年以上たってもソ連時代の半分にも満たないなど、すでにロシアの製造業自体が壊滅状態に陥っていた。
そして、資源輸出=輸入依存モデルが行き詰まっていたところに外因が作用した。途上国を含めた高成長時代の終焉による燃料エネルギー需要の低下、再生可能エネルギーの急増、省エネやシェール革命の進展などによって石油の世界的過剰が明らかとなり、ロシア産原油の輸出価格は2014年末には1バレル当たり61ドルに下落し、2015年末には36ドルにまで下落した。原油価格が一挙にピーク時の3分の1にまで暴落したことが、輸出額の70%、国家歳入の50%、GDPの40%を石油・ガス輸出に依存していたロシア経済にいかに深刻な影響を与えたかは想像に難くない。資源の主要輸出先を従来のヨーロッパからアジアにシフトさせるという方向で、中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)市場にも接近しているが、転換には時間と巨額のインフラ投資を必要とする。
 ほぼこれと同じころに起こったのが、ルーブルの下落である。ルーブルは2014年半ばまでは1ドル=33~35ルーブル程度で安定していたが、同年末にかけて一挙に値を下げ、68ルーブルにまで落ち込んだ。その後も不安定な動きが続いているが、経常収支の黒字にもかかわらずルーブルの価値が半減したことは、石油に依存したロシア経済に対する市場の不信の表れであったといえよう(原油価格とルーブル・レートとの相関は70~80%と高い)。またここでは、同時期にロシア中央銀行によって取られた自由変動相場制への移行、為替投機や海外への資本逃避が放任されたことも少なからぬ影響を与えた。ルーブル下落は輸出企業の利潤を増やし、原油の値下がりによる国家歳入の減少をカバーし、輸入代替への刺激ともなり得るが、輸入品価格や海外旅行費用の高騰という形で国民生活にも否定的影響を及ぼした。

3.西側諸国による経済制裁の影響

ロシア経済危機のもう一つの原因として挙げられるのが、ウクライナ問題に関連して西側諸国が発動した対ロシア経済制裁(また、これに対するロシアの逆制裁)である。2014年7月には、欧州連合(EU)や米国が、ロシアの主要銀行・企業に対する金融取引の制限、軍事技術や汎用品の輸出禁止、また北極海・深海大陸棚での油田探査や掘削、シェールオイル掘削に使われる先端技術の提供禁止などの措置を取り、ロシア企業との技術提携なども大幅に制限した。これに対抗してロシアは、同年8月に一連の農産物の輸入禁止に踏み切った。グローバル化が進んだ現在、経済関係の断絶や縮小は双方にとって打撃となるが、現在に至るまで経済制裁緩和の兆しは見えず、ロシア経済は事実上冷戦時代の孤立状態に立ち戻っている。
これまで、ロシアの企業はヨーロッパの金融市場からの信用に大きく依存してきたが(2007~2013年の借入額は年間1,500億~2,000億ドル)、経済制裁によりこれが大幅に制限されることになった。その結果、国内信用財源からの資金調達に切り替えざるを得なかった(アジアなど代替市場はなお極めて限定的)。しかし、もともと投資源泉としての銀行信用の割合は低く、しかも利潤率をはるかに超える高金利の下で、主に自己資金に頼る企業(特に中小企業)の投資の縮小は避けられなかった。海外からの直接投資も2013年の690億ドルから2014年には220億ドル、2015年には48億ドル(ヨーロッパからの投資はマイナス73億ドル)に激減した(ロシア中央銀行のデータ)。
借り入れの返済などは企業の準備金からなされ、資本流出も3分の1にまで減少し、外貨準備高は4,000億ドル近くの水準を維持するなど、ロシアは短期的には金融面で経済制裁に適応しているが、制裁が長期にわたれば、国内投資の縮小や直接投資を通じての技術導入の困難などの影響が深刻化することは避けられない。
実体経済面では、資源輸出モデルに基づいてハイテクを中心に製造業の主要部門がヨーロッパからの輸入に大きく依存している(医薬品の50%、機械類の20%、化学工業品の25%を輸入に頼っており、数値制御付き旋盤の輸入量は国内生産の実に15倍にも達する)ことから、経済制裁による先端技術・機械設備・部品などの供給の停止や制限の影響は小さくない。輸入元の他国への切り替えには品質などの問題もあり、この分野での制裁は長期的に見て、西側諸国と肩を並べるために不可欠なロシアの再工業化や国際競争力強化にとって大きな障害となろう(これによる損失は年間200億ドルと見積もられている)。特にロシアの燃料エネルギー産業では、旧産地の産出効率が低下している中で、北極海などでの新油田開発やシェールオイル開発に期待がかけられていたが、西側諸国による経済制裁はこうした開発プロジェクトの実現を困難にしている。これにより、2030年のロシアの原油採掘量は現在より15%減少するとの予測もある。

4.輸入代替を契機にイノベーション・モデルへの転換は実現できるか

西側諸国の経済制裁によるハイテク分野の輸入停止やロシアの対抗策としての農産物輸入禁止は、輸入代替問題を提起した。折からのルーブル安がその追い風となり、代替需要があり、資源的にも技術的にも国内生産が可能で稼働率に余力のある部門では、経済不況の中にあって一定の伸びを示した。すなわち2015年に農業生産は前年より3%増大し、化学工業は6.3%(製品によっては11~12%)、食品工業は2%(肉製品は10.8%、チーズは17.1%)伸びた。これまで農業保護が軽視され、穀物などを除き食料品の多くを輸入に依存してきたロシアにとって、自国産の農産物の比重が増大したことは、食糧安全保障の観点からも制裁(逆制裁)による予期せざるプラス効果であった。一方、自動車や航空機製造などでは多少の動きはあるものの、ハイテク分野では西側諸国からの立ち遅れは歴然としている。国産化には巨額な投資資金も必要であり、当面、なお輸入に頼らざるをえない状況にある。
今ロシアでは、為替レートが変わればまた元に戻ってしまうような一時的な輸入代替ではなく、より広く、国際分業の利点を利用しつつも国家主権を支える自立的な再生産構造を構築することが求められている。これは長期的に見れば、ロシアが製造業部門における国際分業に参加していく新たな可能性を生み出すかもしれない。原油価格の低落や西側諸国による経済制裁を奇貨として、今後、政府の意識的な取り組みを通じて、資源輸出=輸入依存モデルからの脱却と、ロシアの再工業化=イノベーション・モデルへの転換が実現できるかどうか、注目されるところである。

参考文献
Угрозы и защищенность экономики России.: опыт оценки. Новосибирск : ИЭОПП СО РАН, 2016.
А.А.Широв, А.А.Янтовский, В.В.Потапенко. Оценка потенциального влияния санкций на экономическое развитие России и ЕС // Проблемы прогнозирования. 2015.No.4.
В.К.Фальйман. Импортозамещение в отраслях экономики России. // Проблемы прогнозирования. 2015.No.5
蓮見 雄「油価低迷・経済制裁とロシア」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』第1002号(2016年3月号)
岡田 進「新たな危機を迎えたロシア経済」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』第992号(2015年4月号)

[執筆者]岡田 進(東京外国語大学名誉教授)

※この記事は、2016年6月22日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

女性駐在員の進出が目覚ましい在ロシア日本企業-労働許可取得の新条件が追い風に ー菅原 信夫

ロシア国旗

概要

モスクワの女性駐在員数が増加している。総合商社の業界でいえば、女性駐在員が活躍するようになったのは2000年以降と、本当につい最近である。増員の追い風になっているモスクワの労働環境の変化、特に労働許可取得の新条件について取り上げてみたい。

女性駐在員が少なかった時代

最近のロシア経済指標は、ご存知の通りマイナスの羅列で、心をワクワクさせるような数字はどこを見ても出てこない。だからと言って、元気が出る数字がないこともない。例えば、モスクワの女性駐在員の数だ。
私のいた総合商社という業界において、女性駐在員が活躍するようになるのは2000年以降で、本当につい最近の出来事である。それまでは、女性社員が出張に来たりすると、大変な歓迎とともに、臆することなくロシアに乗り込む女性として、男性陣の尊敬を一身に集めるような時代だった。

ロシアに女性駐在員が少なかった理由は、
1)かつて物資の少なかった旧ソビエト連邦(ソ連)/ロシアでは、駐在員の生活を担うのは駐在員の夫人であった。また、娯楽の少ない中、家庭に来客を招き接待するのも、駐在員とその家族の大きな仕事だった。単身の女性駐在員には、対応が難しい面があった。
2)ロシアのお酒といえばウオツカ。ロシア人の中には、ウオツカの飲み干し度合いで友好度を測ろうとする人も多かった。アルコール耐性を買われてモスクワ勤務となった男性駐在員でもひるむほどだ。
3)旧ソ連時代、商社駐在ビザは外国貿易省に許認可権があり、駐在員交代ともなると、所長が新駐在員の略歴を持参し、ロシア側のアグレマン(承諾)を取得してから初めて交代となったものだ。女性の場合、このアレグマンがほとんど取れなかった。
今、手元に1986年度版「モスクワ日本人会会員名簿」がある。以下、勤務先と人数、カッコ内が女性会員数だ。

―大使館:53(4)、商社:157(3)、日本航空:13(1)、報道:21(0)

本当に小さな日本人社会だったわけだが、それにしてもあまりに少ない女性駐在員の数を見ると、これでよくぞ事務所が維持できたものだと思う。しかし、そこはうまくできたもので、ハルピン育ちで日本語が堪能なロシア人女性が日本人駐在員の商談を通訳として援護したり、駐在員夫人が事務所でのパーティーの準備をしたり、まさに一体となって業務にまい進したものである。

今では70人を超える女性が活躍

時代は変わって2016年。「ジャパンクラブ」のホームページ掲示板には、「働く女性の会」の活動が毎月掲出されている。2007年に「モスクワ日本人会」と「モスクワ日本商工会」が合体する形で成立したジャパンクラブには、現在法人会員として、197社700人ほどの会員が登録している。その中の50人ほどの女性会員を対象に「働く女性の会」が昨年結成された。特にメンバー制を取っているわけでもなく、都合がつけば会合に参加するという緩い組織だが、それでも常に30人ほどの女性達が顔をそろえるという(以上の数字はジャパンクラブ事務局より2016年3月にご提供いただいた)。
さらに個人会員として40人ほど登録しているが、そのうち女性会員は20人以上になる。合計すると、ジャパンクラブだけでも70人を超える女性が現地で活躍中という状況が分かる。

増加の追い風になった、モスクワの労働環境の変化

2010年あたりから女性会員が増加に転ずるが、その理由は次のようなモスクワにおける労働環境の変化が挙げられる。
1)東京外国語大学、上智大学といった、ロシア語専攻のある大学において、女子学生の占める割合が圧倒的に高くなりつつある。その結果、毎年ロシア語要員を定期的に採用する企業においても、女性の占める割合が自然に高くなっている。
2)ロシアでは、新しい移民法の規定により、ロシア語の総合力テストに合格することが労働許可取得の要件の一つに定められた(2015年1月より)。このため、駐在員にはロシア語に一定能力を持つ候補者を送り込むことが必要となり、語学で才能を示す女性の登場機会が増えつつある。
3)ロシア全体のビジネス環境が変わりつつあり、ロシア側でも女性が躍進している。また、酒宴の席などは大幅に減り、女性にも営業担当を任せやすい世の中になった。
4)1990年代のソ連崩壊後の混乱期を経て、2000年代から今日までの、特にモスクワにおける都市インフラの改善は特筆に値する。これにつれて、都市の安全という面においても、女性の一人暮らしへの心配が減り、会社としても女性を派遣できる環境が整った。

筆者の個人的な見解としても、モスクワ、サンクトペテルブルクの2大都市は、今や男女を問わず日本人には快適な勤務地といえよう。ソ連の崩壊で廃虚のようになった都市インフラも立派に再構築され、交通、住居、通信など世界の大都市の中で間違いなく上位に数えられるほどになった。モスクワの場合、多くの日本人は環状線の内側に住居を構えていて、どこへ行くにも地下鉄が簡単に利用できる。零下20度の厳冬でも、建物内は集中暖房が効き薄着で過ごせる。経済制裁のために新鮮な乳製品、海産物が入荷しなくなったと騒いでいたのはもう2年も前の話で、今ではスーパーに欠品はない(逆に経済制裁対抗輸入代替え商品、というものがあふれている)。

快適な都市を支えているのは外国人

こういう快適な都市になったが故に、ロシア外部からモスクワに向かう就労希望者は後を絶たない。モスクワから見ても、この都市環境を維持するには、大変な数の労働者が必要となる。夜中の2時頃、私の住むアパートの外には大型のゴミ収集車がやってきて、生ゴミから大きな家具まで、コンテナに入った全てを持ち去っていく。トラックのドライバーも入れて、5、6人のチームが手際よく各アパートの入り口を回る。ゴミの入ったコンテナを建物のダストシュート底部から、ゴミ収集車まで運ぶ仕事は、各アパートにいるコンシェルジュと呼ばれる管理人の役目。彼らはまた、アパート1階の出口に面した小部屋に待機して、朝は6時頃から夜10時すぎまでアパート住民のこまごまとした用事を手伝う。雪が降ると、各アパートのコンシェルジュは早速雪かきショベルを手に、アパート入り口前の除雪にかかる。道路では、モスクワ市役所から派遣された除雪隊がいつの間にか作業を始めている。
こうしてモスクワで生活していると、都市のインフラを守るのはやはり人力なのだと思う。では、その人力はどこから来るか。これが時々報道される中央アジアのマンパワーである。ちなみに、私のアパートのコンシェルジュはキルギス人、隣のアパートはガザフスタン人である。何人かのチームで勤務しているが、メンバーがすっかり変わることはないので、どうやら、家族やグループ単位で担当の契約が決まっているものと見える。

ロシア語の総合テストが労働許可取得に導入された背景

ロシアは、旧ソ連構成国であった国々とは、現在も独立国家共同体(CIS)諸国として、特別な関係にある。その一つが、カザフスタン、ベラルーシとの間で2007年に締結された3カ国関税同盟である。これらの国々からロシアに就労目的で入国する移民に対しては、ロシア入国ビザを不要とする一方、労働パテントと呼ばれるCIS諸国限定の労働許可が発給される。労働許可は毎年連邦により割り当てられる許可枠数量と結び付いていて、この割り当てを「クオータ」と呼ぶ。ただし、入国ビザを不要としているCIS諸国からの労働者にはクオータ制限がない。このため、中央アジアからの労働者が無制限にロシアに流入する恐れがあった。
そこでロシア政府は、ロシアにおいて「善良なるロシア市民として生活できる」資質をロシア語の能力で確認しようと、労働パテント取得にロシア語、ロシアの歴史、ロシア法の試験への合格を義務化した(2014年からスタート)。このあおりを受け、日本人に対しても、通常のクオータ枠内で労働許可を取得するためには、この試験に合格することが必要となった(2015年1月より)。

マネジャーとスタッフで、労働許可枠を使い分ける日本企業

例外的に、高度熟練専門家(Highly Qualified Specialist=HQS)というカテゴリーで労働許可を申請する場合においては、このロシア語試験合格の条件はなくなる。ただし、本人の年間所得が200万ルーブル(月次所得16万7,000ルーブル)以上であることが条件だ。このような法的条件を満たすべく、日本企業においては、マネジャークラスについては社宅扱いのアパート家賃なども含めて、年収200万ルーブルを実現してHQSカテゴリーでの労働許可申請を行っている。また、スタッフクラスについては、ロシア語試験に合格できるロシア語力を持つスタッフを東京より呼び寄せ、従来の若手スタッフは交代させる、という動きが出ている。その結果として、外国語大学などでロシア語を専攻した女性たちが、駐在員として送り込まれる現象に結びついていく。
このような過程を経て「女性の海外駐在が実現する可能性が高い国がロシア」という認識がにわかに広まり、2015年あたりから新卒の就職活動において露文系女子学生の会社訪問対象がだいぶ変化してきていると聞く。
2016年3月、当社が東京ロシア語学院と共催した「就職準備セミナー<ロシア語で働くということ>」には、大学でロシア語を専攻する現役学生が多数参加した。そこにも女性の姿をたくさん見ることができた。また、現地採用日本人枠を持つ会社も増えつつあり、その枠を目指して、モスクワで日本企業回りをする日本人女子学生に会ったこともある。今後、在ロシア日本企業で活躍する女性駐在員は、ますます増加していくことだろう。

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役兼ロシア法人「Business Eurasia」代表取締役)

※この記事は、2016年4月13日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

新段階に入る極東開発 -伏田 寛範

ロシア国旗

概要

2015年は、ロシア極東開発の転機であった。新経済特区やウラジオストク自由港が始動し、第1回東方経済フォーラムが開催された。こうした開かれた環境の下で、産業クラスター形成の鍵となるスピンオフと産学連携や、外資の参入が進んでいる。多様な企業が担い手となって、極東開発は新たな段階に入り始めている。

はじめに

2015年は極東開発にとって新たな転機の年であった。まず注目されるのは、同年3月30日に「優先的社会経済発展区域(TOR)」と呼ばれる新型の経済特区を設置する法律が発効したことである。これは、アジア太平洋地域を主なターゲットとした製品の生産拠点となる地区を極東地域に創出しようというものである。TORを設置することで、これまで極東開発の中心となっていたエネルギーや資源分野だけでなく、農業、輸送、ハイテク産業など新たな分野においても国内外の投資家を呼び込むための条件作りが急速に進んでいる1

2015年10月に始動した「ウラジオストク自由港」もまた、TORと並び注目されている。ウラジオストク市とその周辺地区を領域とするこの経済特区は「輸送網を整備し、天然資源以外の輸出産業育成を目指す」2ものであり、関税・検疫・出入国管理などに関する規制が大幅に緩和される他、入居者に対しては諸税の減免やインフラの無償提供などといった優遇措置が与えられることになっている。

投資家の誘致という点で注目されるのは、2015年9月にウラジオストクで開催された第1回東方経済フォーラムであろう。ロシア国内外から32カ国約4,000人(そのうち外国人は約1,500人)もの参加申し込みがあったこの会議には、プーチン大統領をはじめ閣僚や政府高官が参加し、大統領自ら極東地域のトップセールスを行った3

こうしたプーチン政権の強力なイニシアチブと次々と打ち出される新政策に目が奪われがちであるが、現場の極東地域においても着実に変化が生じている。本稿では極東開発を担う経済主体の変化に注目し、新たな局面に入りつつある極東地域の姿を描きたい。


1 TORについては「ロシア極東に企業を呼び込め-ビジネス重視の極東開発戦略への転換」(2015年4月21日付掲載)を参照。
2 「ウラジオストク自由港-国際ビジネス拠点への変貌にも期待」(2015年10月1日付掲載)を参照。
3 Thttp://www.rg.ru/2015/09/07/forum.html

スピンオフの進むコムソモリスク・ナ・アムーレの産業

2015年2月、政府小委員会は、沿海地方のナデジンスキー、ハバロフスク市とともに、コムソモリスク・ナ・アムーレ市をTORの設置区域として選定した。同市は、ハバロフスク市の北東約360キロメートルのアムール川左岸に位置する極東第3の工業都市である。コムソモリスク・ナ・アムーレ市は、ソ連時代に極東地域における機械製造業・軍需産業の拠点として建設され、スホーイ・ブランドの航空機を製造するコムソモリスク・ナ・アムーレ航空機工場(KnAAZ)や、タンカー、貨物船、潜水艦などを建造するアムール造船所(ASZ)などが立地する。TOR「コムソモリスク」は、同市の経済を支えるKnAAZを中心とした航空機関連のハイテク産業クラスターを創設することを目的としているが、既にこうしたクラスターの形成の兆しは現れている。ここではKnAAZとコムソモリスク・ナ・アムーレ国立工科大学(KnASTU)を例に、クラスター形成の鍵となるスピンオフの進展について紹介しよう。

長年、主に軍用機の生産に携わってきたKnAAZは、1990年代から生産の多角化に取り組むようになり、2003年からは新型旅客機スホーイ・スーパージェット100(SSJ-100)の開発生産に参加するようになった。KnAAZにはSSJ-100の一部コンポーネントの生産と最終組み立てラインが設置され、さらに、この新型旅客機を開発した航空機メーカー「スホーイ民間航空機」(本社:モスクワ)のコムソモリスク・ナ・アムーレ支社も置かれた。KnAAZによると、今後、SSJ-100の生産により同工場で生産された50%は民需品になると見込まれている4。このように、ソ連時代以来の軍用機の生産工場であったKnAAZに本格的な民間機部門が誕生しつつあるのだ。

KnAAZと並んでTOR「コムソモリスク」の核となるのが、KnASTUである。同大学は1955年の創立以来、コムソモリスク・ナ・アムーレ市の地元経済を支える企業で働く技術者の養成に携わってきたが、近年は地元企業との共同研究・開発活動にも力を入れている。2010年に設立されたKnASTU付属の技術移転センター(テクノパーク)では、石油精製用の触媒や複合素材、特殊金属によるメッキ加工技術、レーザー測定技術などの新技術が開発され、実際にKnAAZやASZ、石油会社ロスネフチなどで採用されるに至っている。テクノパーク以外にも、KnASTUからスピンオフする形で、若手研究者らによる小規模イノベーション企業が多数設立され、新技術の事業化が取り組まれている5。こうした企業群がKnAAZなどの中核企業の周辺に集積することでクラスターを形成し、さらには新産業の創出や多角化に寄与することが期待されている。


4 http://www.knaapo.ru/about/history/etapes/civil_project/
5 https://www.knastu.ru/page/259

極東発のバリューチェーンは形成できるのか? -新型経済特区の展望

新型経済特区TORの成否は、何を極東地域で生み出し、アジア太平洋地域で売っていくのか、という点に懸かっている。ロシア政府首脳はたびたび「TORや自由港は外国の『最良の実践』を取り入れたものであり、アジア太平洋地域において最も恵まれた条件を提供するものだ」といった内容の発言6を繰り返しているが、そうしたビジネス環境を整えることは必要条件にすぎない。むしろ課題は、TORや自由港の枠組みを活用して、アジア太平洋地域に見られる高度なバリューチェーンの中に極東地域をいかに統合していくのか、あるいはロシア極東地域を軸とした新たなバリューチェーンを形成することができるのか、といったことにある。

例えば、TOR「コムソモリスク」の中核企業KnAAZは、旅客機(SSJ-100)の国際共同開発・生産のプロジェクトを通じて極東地域発のバリューチェーンを築き、ロシア国内だけでなくアジア太平洋地域にも製品を販売している。また、メキシコのInterjetはSSJ-100を17機運用しており、さらに10機を追加導入するという。他にも、中国やベトナムにもSSJの販路を拡大する計画があると報じられている7。こうした成功例を積み重ねることが必要なのである。

新たなバリューチェーンの形成という意味では、極東地域に眠っているビジネスの種(シーズ)をいかに花開かせるのかといった視点も重要となる。前節で紹介したように、既にコムソモリスク・ナ・アムーレでは大学発のベンチャー企業が多数設立されており、こうした独自技術を持った企業がロシア国内外の企業と協力することで新たなビジネスを生み出すことが期待されている。TORや「自由港」が提供するさまざまな優遇条件は、そうした新ビジネスを育てていくための養分となるだろう。


6 例えば、プーチン大統領の第1回東方経済フォーラムでの演説(http://jp.sputniknews.com/business/20150904/849898.html)やガルシカ極東発展大臣へのインタビュー(http://jp.sputniknews.com/business/20150904/846167.html)にこうした趣旨を見いだせる。
7 http://ria.ru/analytics/20150826/1208834341.html

開かれた地域に変貌する極東地域-新たな段階に入りつつある日ロ経済協力

これまで、ロシア極東地域は狭い市場故に十分な関心が払われてこなかった。だが、極東地域の背後には1億人の規模を誇る中国東北部や中央アジア諸国市場が控えている。こうした新たな市場を確保するための橋頭堡(ほ)としても、極東地域の重要性は高まってきているのだ。2015年9月に開催された東方経済フォーラムにロシア国内外から多数の参加者があったことは、彼らが極東地域のポテンシャルを高く評価していることの証左であろう。極東開発に参加する主体の多様化・多国籍化が急速に進んでおり、極東地域は文字通り開かれた地域へと変貌しつつある。

極東地域を舞台とした日本とロシアの経済関係や経済協力もまた、新たな転機を迎えつつある。ソ連時代から続く両国の経済協力の歴史をひも解くと、従来は大企業による資源分野での協力が主であったが、近年では経済協力の分野も主体も共に多様化していることに気が付く。ウラジオストクでの自動車工場建設やハバロフスクでの温室農業事業などは、その好例であろう。中小企業もまた極東地域への進出を検討するようになり、一部の事業では既に成果を挙げているものもある8。さらに今後は、上記で紹介したような現地のスピンオフ企業との合弁事業なども見込まれるだろう。これからの日ロ経済協力は、資源開発のような巨大プロジェクトだけでなく、日ロ両国で多様なニーズとシーズを掘り起こし、どのように事業化していくのかという観点も重視されるようになるだろう9


8 個別事例についてはウェブサイト『ロシアNOW』の「露日ビジネス新潮流」(http://jp.rbth.com/ronichi_business)を参照。
9 日本企業のロシア進出については「ロシア進出と現地での事業活動における経営課題(1)進出形態」(2015年12月22日付掲載)を参照。

[執筆者]伏田 寛範(公益財団法人日本国際問題研究所研究員)
※本稿は、著者個人の考えであり、著者が勤務する組織の考えを代表するものではない。

※この記事は、2015年12月28日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

危機下のロシアにおける日系企業のリスクとチャンス

ロシア国旗

概要

ロシア経済悪化により、現地日系企業の景況感はリーマンショック後の2009年後半の水準まで落ち込んでおり、一部撤退も見られた。他方、厳しい事業環境の中、農業、医療、都市環境など日本企業のノウハウや技術を生かせる分野でのビジネス案件が生まれている。今やロシアの投資環境におけるリスクは、不安定な為替動向、同じく不安定な政治・社会情勢であり、中長期的な事業計画を立てるのを困難にしている。そのような中、ロシアは引き続き投資環境の改善に取り組んでおり、近年、世界銀行のビジネス環境ランキングでも順位を大幅に上げている。また、ロシア 側のアプローチや体制も以前と比べると改善している。

景況感は悪化、農業、医療など新分野でビジネス形成

2015年のロシアの経済成長率はマイナス 3.7%と、2008年秋のリーマンショック後の2009年以来となるマイナス成長を記録した。企業による投資活動が落ち込んだことに加え、これまで経済のけん引役を果たしてきた個人消費も1割を超える下落率を記録したためだ。2014年8月から発動した欧米などからの食品禁輸措置、同年11月以降の原油 価格急落を受けたルーブル安などにより、2015年に入り物価が急上昇し、実質所得の下落が個人消費に悪影響をもたらした。

2015年の 日本・ロシア間の貿易額を日本側の統計(円建て)で見ると、輸出が前年比36.4%減、輸入が同27.3%減となった。輸出は主要品目である乗用車が半減、自動車部品、産業機械、タイヤなども軒並み減少した。輸入の減少については、資源価格下落の影響が大きい。最大のシェアを占める原油・粗油は数量ベースで同5.3%増となったが、金額ベースでは同35.4%減となった。

日本貿易振興機構(ジェトロ)がロシア進出日系企業に対して年に数回実施している「在ロシア日系企業景況感調査」によると、2015年9月時点の景況DI(注)は マイナス35と、2010年以降で最も低い数値となった(図1)。現地での自動車販売の減少に伴う自動車および同部品生産に影響が出ている他、国内購買力 の落ち込みやルーブル安による利益率低下が背景だ。2016年1月の景況DIはマイナス27と幾分持ち直したが、取引先の資金繰りが悪化している他、同年の連邦政府予算削減により公共案件の受注機会も減る見通しで、引き続き厳しい情勢にある。

ジェトロが2013年から年に1度行っている 「ロシア進出日系企業実態調査」では、2015年度調査(2015年10~11月実施)で初めて、今後1~2年で事業を「拡大」すると回答した比率が5割 を切った(図2)。他地域の調査と比較すると、マレーシア

図1 自社の景況DIと2カ月後の景況見通しDIの推移

図1 自社の景況DIと2カ月後の景況見通しDIの推移


回答数全体に占める「良い」の回答比率から、「悪い」の回答比率を差し引いたもの。

出所:ジェトロ「在ロシア日系企業景況感調査」(2016年1月)

図2 今後1~2年の事業展開の方向性

図2 今後1~2年の事業展開の方向性

出所:ジェトロ「ロシア進出日系企業実態調査」各年版

(44.6%)、タイ(49.0%)、チリ(45.9%)、アルゼンチン(45.2%)、南アフ リカ共和国(45.8%)とほぼ同水準だ。日系企業の中には撤退する事例も出たが、いずれも経済・事業環境の悪化が背景にある。

他方、2015年の日本からロシアへの直接投資額(フロー、日銀統計)は前年比45.2%増の440億円と、ピークの2012年(607億円)に及ばない水準ながら2014年から持ち直した。厳しい経済環境の中でも進出案件が見られた。2013年4月にウリヤノフスクに乗用車用ラジアルタイヤ工場の建設を発表したブリヂストンは、2014年から建設を開始し、2016年半ばに開設の見込みだ。また、マツダは2015年9月、現地提携先と、現在のウラジオストクで の自動車組み立てに加え、エンジン工場設立に向けた検討開始に関する覚書を締結した。

自動車分野以外でも、2013年4月の安倍首相のロシア訪問を機に対話が進んだ農業、医療、都市環境分野で実を結びつつある。日揮は現地企業と合弁で、ハバロフスクで温室を建設、2016年3月からキュウ リの出荷を始めた。この他、東芝メディカルシステムズとメディカルエクセレンスジャパンは2015年9月、モスクワに循環器病画像診断技術育成センターを 開設した。飯田グループホールディングスは2014年に沿海地方の現地木材関連会社と合弁企業を設立した他、2016年初めに同社に資本参加した。今後現 地で木材を加工し、住宅も供給する考えだ。

2.不安定な為替動向・政治情勢の中、投資環境は着実に改善

ここ1~2年でロシアの投資環境におけるリスクとして「不安定な為替」が最大の要素となった。「ロシア進出日系企業実態調査」(2015年度)によると、84.8%の企業がこれを指摘した(図3)。2013年度の調査では48.4%であったが、その後のルーブル安で大きなリスク要素として位置付けられるようになった。2番目に挙がった 「不安定な政治・社会情勢」も2013年と比べて上昇したリスク要素だ(2014年度:37.1%→2015年度:69.6%)。為替とそれに伴う市場価 格、需要の変動が中期的な事業計画を困難にしており、回答企業からは、不況が今後数年続く場合、方針転換(事業縮小、投資凍結)を含め慎重な判断が必要になるとの指摘があった。

また、ウクライナ情勢をめぐる西側諸国との対立から、欧米産食品の禁輸措置導入や外国製品に頼らない輸入代替政策の推進を始めるなど、ロシアが「内向き」になっていることが懸念される。「ロシア進出日系企業実態調査」(2015年度)によると、現地生産企業は売り上げ増加につながったとの回答もあったが、非製造業企業は、国産品への転換による売り上げ減少、地場企業との競争激化の影響があったようだ。このような直接的な影響だけでなく「内向き」な政策はロシア経済にゆがみをもたらし、潜在成長力を損なう恐れがある。ある日系企業は、品質があまり良いとはいえない低価格の現地品優遇策の動きが、今後の現地展開や投資検討の障壁になると危惧し

図3 投資環境面でのリスク(複数回答)

図3 投資環境面でのリスク(複数回答)

出所:ジェトロ「ロシア進出日系企業実態調査」(2015年度)

ている。


 他方、全般的な投資環境は改善している。世界銀行が取りまとめる投資環境ランキング「Doing Business」2016年版(2015年11月発表)で189カ国・地域中、ロシアは51位となった。5年ほど前までの順位は100位以下だったことを考えると、大幅な改善だ。分野別に見ると、通関では170位と課題が残る分野もあるが、日系企業の中には、51位という順位を「一般的な国の投資環境になった」と評価する向きもある。

ここ数年は経済の落ち込みやルーブルの大幅下落で事業環境は悪化しているものの、過去10年程度の期間で見れば、インフラが整った工業団地がモスクワ、サンクトペテルブルク周辺だけでなく主要工業都市に整備されており、一部の日系企業も入居している。また、 自治体の多くには企業誘致のための開発公社が置かれ、英語による情報量も増えてきた。加えて、連邦政府・各地方政府関係者が足しげく日本を訪問し、投資環境をアピールするようになり、ロシアとの距離感は縮まっているといえよう。

[執筆者]浅元 薫哉(日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部欧州ロシアCIS課課長代理)

※この記事は、2016年4月5日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

金融危機後のユーロ圏メガバンクの国際化戦略(3)

EU

概要

ユーロ圏メガバンクの国際化戦略の違いは、金融危機以降の各社の収益性に大きな相違をもたらしている。本稿では、ドイツ銀行(ドイツ)、BNPパリ バ(フランス)、バンコ・サンタンデール(スペイン)、ウニクレディト(イタリア)の収益構造および地域別収益構造の比較から、各社の戦略の違いを3回にわたって明らかにしていく。この結果は、ユーロ圏メガバンクが「国内回帰」ではなく、むしろ欧州外の市場、特に新興諸国市場の開拓を模索する可能性を示唆している。

3.ユーロ圏メガバンクの地域別収益の動向

前回の「金融危機後のユーロ圏メガバンクの国際化戦略(2)」(2016年3月16日付掲載)で は、ドイツ銀行(ドイツ)、BNPパリバ(フランス)、バンコ・サンタンデール(スペイン)、ウニクレディト(イタリア)各行の収益構造と費用構造を確認し、今後、ユーロ圏メガバンクの利益が回復する可能性について論じた。しかし、ユーロ圏メガバンクの今後の経営戦略、特に国際化戦略を考える上で、各行の地域別収益の違いについて留意する必要がある。
2008年のリーマンショックおよび2010年以降の欧州ソブリン危機の影響により、欧州の銀行が反グローバル化を進めるとの言説が広がった。例えば、2012年初めにウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)日本版は次のように報じている。「2012年の金融市場は二つの相反する勢力の対立によって覆われることがすでに明確になっている。/一つは欧州首脳が『これまで以上に強固な通貨統合』の経過が軌道にあると世界各国に説得しているところの金融システムの遠心力すなわち国際化であり、もう一つは各国間の亀裂をもたらす国内限定化への求心力だ」1。危機以降、EUは銀行同盟の創設をはじめとするさまざまな対策を講じ「真の経済通貨同盟(EMU)」に向けて歩みを進めている2。では、この経営環境の変化に対して、ユーロ圏メガバンクは「国際化」か「国内限定化」か、どちらの道に進もうとしているのだろうか。


1 WSJ日本版(2012年1月10日付)
2「姿を現した欧州銀行同盟-ユーロを支える新しい金融規制監督制度」(2013年8月5日付掲載)を参照。

(1)ドイツ銀行

ドイツ銀行でまず目立つのは、2008年の「欧州(ドイツを除く)」と「米州」の落ち込みである(図11参照)。言うまでもなく、これはリーマンショックの影響である。また「欧州(ドイツを除く)」でも大きな落ち込みを見せたのは、2006~2007年にはこの項目の60%程度を支えていた英国からの収益が、2008年にマイナスになったためである。
次に特徴的 なのは「国内(ドイツ)」の収益がドイツ銀行を支えていることである。これは、純利息収益の増加と同じく、ドイツ国内での銀行買収、特に2010年のドイツ・ポストバンクの買収(財務諸表への反映は2011年)による影響である。これにより、ドイツ銀行による国内での収益は2006年の25.6%から 2014年には33.9%と約8%上昇した)。
この点に関し、ドイツ銀行が「国内回帰」しているようにも見えるが、ドイツ銀行の収益は 「米州」の収益回復にも支えられており「欧州(ドイツを除く)」の収益も2010年以降は30%前後と無視できないほど大きい。ドイツ国内での収益も低下傾向にあることから、今後、ドイツ銀行の国内収益が海外収益に比べて大幅に増加するとは考えにくい。ドイツ銀行の「国内回帰」とは、海外収益が70%程度 から60%程度へと低下するという、相対的な国内収益の重要性の高まりにすぎないのである。さらに、ドイツ銀行は2015年に打ち出した「ストラテジー2020」において、ドイツ・ポストバンクを売却する方針を公表した。

図11 ドイツ銀行の地域別収益(単位:100万ユーロ)

図11 ドイツ銀行の地域別収益(単位:100万ユーロ)


注1 ドイツ銀行の地域別収益は「金利収益」と「非金利収益」の合計から成る。ただし、地域をまたがって機能する「Corporate Investment」や「Consolidation & Adjustments」などを除いている。
注2 「欧州」は「Europe,Middle East and Africa」であるが、ほぼ欧州からの収益であると考えられるため、単純に「欧州」と記載している。

出所:ドイツ銀行のアニュアルレポートを基に筆者作成

(2)BNPパリバ

BNPパリバの収益のほとんどは、欧州(「国内(フランス)」と「欧州 (フランスを除く)」で占められており、2006~2014年の間に一貫して全体の75%以上を占めている。特に、2008~2009年の「欧州(フランスを除く)」の額は2倍になったが、これは2008年にBNPパリバがフォルティスを買収したことによる。これに伴い「欧州(フランスを除く)」の割合は、2007~2008年に30.9%から42.3%へと大幅に拡大した。これに対し、2006~2012年には「国内(フランス)」が全体に占める割合は48.9%から32.2%へと約17%縮小した3(図12参照)。フランスの総収益の伸び悩みは、停滞する欧州経済への依存による影響が大きいためと考えられる。


3 ただし、2013年以降、区分がフランスを含めて「欧州」とされたため「国内(フランス)」の収益が分類できなくなった。

図12 BNPパリバの地域別収益(単位:100万ユーロ)

図12 BNPパリバの地域別収益(単位:100万ユーロ)


注1 BNPパリバの地域別収益は「Net interest income」「Net commission income」「Net gain」「Net income from other activities」の合計である。
注2 「米州」のうち中南米は2012年以降差し引かれ「Other country」に含まれるようになったため、その分「米州」の数値が小さくなっている。

出所:BNPパリバのアニュアルレポートを基に筆者作成

(3)バンコ・サンタンデール

次に、バンコ・サンタンデールの地域別収益を見ていこう。極めて特徴的なのは「米州」の急激な増加である。しかも、ドイツ銀行とは異なり、2008年には落ち込むどころか上昇傾向を示している。これは「米州」のほとんどが中南米諸国の収益であるためである。これに対し「国内(スペイン)」の収益は安定しており、「欧州(スペインを除く)」の収益は2010年以降減少傾向にある。このような収益の変化を反映し、バンコ・サンタンデールの地域別収益比率は大きく変化した(図13参照)。「国内(スペイン)」の比率は 2006年の28.8%からさらに減少し、2014年には14.8%へとほぼ半減した。これに対し「米州」の占める割合は、2006年の34.9%から2014年には61.6%へと急拡大した。比較的安定したバンコ・サンタンデールの経営状況は、中南米依存の収益構造への転換によって支えられてきたのである。しかし、2012年以降、バンコ・サンタンデールの主要進出国であるブラジルの景気低迷により「米州」の収益は減少している。バンコ・サンタンデールはここ数年、ブラジルでの貸し出しを制限し始めている4


4 WSJ, UniCredit, Banco Santander and Standard Chartered Bank: Three Banks That Can’t Get A Break, 7 January 2016

図13 バンコ・サンタンデールの地域別収益(単位:100万ユーロ)

図13 バンコ・サンタンデールの地域別収益(単位:100万ユーロ)


注1 バンコ・サンタンデールの地域別収益は、純収益から営業費用を除いた額である。
注2 「国内(スペイン)」は「Santander Branch Network」と「Banesto」の合計として計算している。また「Santander Consumer」には一部スペインが含まれるが「欧州(スペインを除く)」として計算した。

出所:
バンコ・サンタンデールのアニュアルレポートを基に筆者作成

(4)ウニクレディト

ウニクレディトの地域別収益構造は極端に欧州に依存する傾向にあり、本国である「国内(イタリア)」と「欧州(イタリアを除く)」によって一貫して97%以上を占めている(図14参照)。ウニクレディトは「欧州(イタリアを除く)」の内訳を詳細に提示している(図15参照)。これを見ると、ウニクレディトの欧州での収益の大半は「中東欧」により占められていることが分かる。さらに、欧州のどの地域でも収益が悪化している。このように、ウニクレディトが他のユーロ圏メガバンクよりも収益を悪化させた理由は、停滞傾向にある欧州市場への依存度が、BNPパリバ以上に大きかったことにある。

図14 ウニクレディトの地域別収益(単位:100万ユーロ)

図14 ウニクレディトの地域別収益(単位:100万ユーロ)


 ウニクレディトの地域別収益は「純利息収益」「純手数料収益」「その他収益」から成る。

出所:ウニクレディトのアニュアルレポートを基に筆者作成

図15 ウニクレディトの欧州での収益源(イタリアを除く)(単位:100万ユーロ)

図15 ウニクレディトの欧州での収益源(イタリアを除く)(単位:100万ユーロ)

出所:ウニクレディトのアニュアルレポートを基に筆者作成

おわりに-ユーロ圏メガバンクの国際化動向

以上、3回にわたって、ユーロ圏メガバンクの中から ドイツ銀行(ドイツ)、BNPパリバ(フランス)、バンコ・サンタンデール(スペイン)、ウニクレディト(イタリア)の4行の収益構造や地域別収益構造を比較してきた。ユーロ圏メガバンクの地域別収益セグメントは、ユーロ圏メガバンクの国際化の方向性によって、金融危機以降の収益が決定付けられたことを示 している。
ドイツ銀行は米英へ進出し、投資銀行業務により収益を上げてきた。2008年のリーマンショックが大きな損失をもたらしたものの、その後の回復も米英での収益回復に支えられている。ドイツ銀行の国内回帰は部分的なものにとどまっており、むしろドイツ・ポストバンクの売却を決めるなど、国内業務の効率化を図る方向に向かっている。
BNPパリバとウニクレディトは、収益の大部分を自国を含む欧州諸国に依存している。 特にウニクレディトは、欧州債務危機の影響を直接受けたイタリアの銀行であり、他のユーロ圏メガバンクに比べて収益を大幅に悪化させている。これに対し、バンコ・サンタンデールは、米英における投資銀行業務や停滞する欧州経済にはほとんど依存しておらず、そのような影響が非常に小さい中南米のリテール市場で安定した収益を上げてきた。ただし、バンコ・サンタンデールの主要進出先であるブラジルの経済の停滞により、中南米の収益は悪化しており、今後もこの傾向が続く恐れがある。
以上のように、ユーロ圏メガバンクの収益状況は、金融危機前にそれらの銀行が選択した国際化戦略の方向性によって大きく異なっている。今後、ユーロ圏メガバンクは収益の悪化に対応するために新たな戦略を練る必要があるだろう。一部の論者は「国内回帰」の戦略を主張するが、国内の収益が芳しくないことに鑑みれば、むしろユーロ圏メガバンクは欧州外の市場も視野に入れながら、新興諸国市場の開拓を模索すると予想される。

[執筆者]蓮見 雄(立正大学経済学部教授)、石田 周(立教大学大学院博士後期課程)

※この記事は、2016年3月28日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

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