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77.ロシアを知るには高級レストランから-菅原信夫

ロシア国旗

概要

経済制裁下にもかかわらず、ロシア、特にモスクワ、サンクトペテルブルクではレストランビジネスが堅調であり、ロシア経済の底堅さを物語っています。実は、ロシアで一番進んだ場所が高級レストランであり、そこには今のロシア市場を知るヒントがたくさんあり、訪れてみる価値があります。
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65.なぜ社長室には金庫があるのか-ロシアの中小企業と現金-菅原信夫

ロシア国旗

概要

:日本企業はロシアで事業を始めると、特に販売の面でロシアの中小企業と付き合うことが多くなる。そしてロシアの中小企業の有様に驚かされることになる。例えばその社長室には金庫があるが、それにはロシア特有の理由がある。

現在、ジャパンクラブ(モスクワ日本人商工会)に加入している日本企業数は190社ほどで、そのほとんどは東証一部上場企業である。これらの日本企業はロシアで事業を始めると、特に販売の面でロシアの中小企業と付き合うことが多くなる。そして、ロシアの中小企業の有様に驚かされることになる。本稿ではロシアの中小企業経営とその経営者について、私の受けた印象をご紹介したいと思う。
まず、ロシアの中小企業とは、どの程度の規模の会社を指すのか。なんでも法律で規定するお国故、中小企業についても定義が法律で定められている。

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出所:п.1 ч.1 ст.4 209-ФЗ «О развитии малого и среднего предпринимательства в Российской Федерации»より筆者作成(1ルーブルは1.5円(2016年6月))

これらの中小企業は、法的には多くが有限責任会社(общество с ограниченной ответственностью-OOO)の形を取るので、法律面では企業規模にかかわらず、その義務と権利は同じと考えてよい。また、企業と資本の関係など、法的原理は日本の企業法制とそれほど変わらないので、日本企業には付き合いやすい相手といえる。
次にロシアには、いわゆる個人事業者に当たるIP(индивидуальныйпредприниматель-ИП)という、個人が商業活動する際のステータスがある。会社組織はつくらないが、個人が継続的な商業活動を目指す場合、税務署に営業届を出して、納税義務を果たすことを申し出た場合に与えられるステータスだ。

本来ロシア全土で認められている制度だが、分布を見ると地域による偏りがあり、シベリア・極東方面に多いようだ(図)。

図 人口1万人当たりのIP(個人企業)数の地域分布(2015年1月1日現在)

図 人口1万人当たりのIP(個人企業)数の地域分布(2015年1月1日現在)

注:地図の上部に別掲載されている地域は、左からモスクワ、サンクトペテルブルク、セバストーポリ(クリミアの都市)
出所:Число индивидуальных предпринимателей на 10000 человек населения на 01.01.2015
<http://www.gks.ru/publish/map/2015/ip1115.htm>
(ロシア国家統計局(http://www.gks.ru/wps/wcm/connect/rosstat_main/rosstat/ru/))

筆者の経験でも、サハリン州、サハ共和国の代理店にIPは多い。名刺などにIPと書かれていなくても、人名が会社名の代わりに書かれていれば、これが個人企業IPである。この個人企業というのは、かなり曲者である場合が多い。なぜなら、経営者の個性が商売に色濃く反映するからである。何を決めるのも経営者1人の判断で、その経営者と会うことができないために代理店契約交渉が宙に浮いた例など、筆者自身幾度も見てきた。
IPの場合、銀行融資を受けにくいという問題点があり、そのため、別の事業で十分資金を蓄積した経営者が、第2の仕事としてIPを始めるという例が多い。このようにロシアにおいても、中小企業での資金確保は大問題なので、いかに銀行の融資を受けられる企業に見せるか、これには経営者がいつも悩んでいる。
ここで、中小企業の資金繰りについて少々書いてみたい。ロシアの銀行にとって商売の本質は、高利貸しである。低金利のユーロやドルを短期資金として借り入れ、これを自行の為替レートでルーブルに換算し、自行の貸出金利を適用して貸し出す。この貸出金利は、年利30%を超えることもあった(現在は15%から20%程度まで下がっている)。
しかし、2014年経済制裁が始まり、ユーロあるいはドルの調達に支障が出始めると、特に小型銀行は貸出資金が枯渇するようになる。ロシア中央銀行は経営がおかしくなった小型銀行が倒産する前に、銀行ライセンスの停止という方法で、銀行の営業中止、あるいは大型銀行による救済という方法で、金融界が混乱するのを防いだ。
こういう小型銀行から資金を導入している中小企業には、2014年以降、新規資金はほとんど入ってきていない。そのため、ロシア最大の準国営銀行であるSberbank(ロシア連邦貯蓄銀行)に融資を求めるが、この銀行の貸出審査にすんなり通る中小企業は非常に少ない。
そのような理由もあって、ロシアにも多くの「消費者金融」が誕生することになる。正式な銀行が30%もの金利を取る世界では、消費者金融が50%をとっても、即時に現金を用立てしてくれるならその方がよい、という中小企業経営者はいるものである。100万ルーブル(150万円)とか、300万ルーブル(450万円)という、ある意味では少額の資金を借り入れては、社長室の金庫に保管することになる。

さて、その現金はどのように使用されるのか。われわれが海外に出張すると、クレジットカードの出番が非常に多くなる。ホテルにチェックインするところから始まり、レストランやバー、美術館の入場料からデパートでの買い物まで、全てクレジットカードが活躍する。
東南アジアからヨーロッパ、そして米国まで、多くの国々が同じ状況の中、例外となる大国がある。それがロシアである。ロシアを旅行すると感じると思うのだが、とにかく財布の中の現金がすごい勢いで消えてゆく。そしてその結果として、頻繁に銀行のATMから現金を引き出すことになる。
ロシアでは、都市部を除きカードに対する信任は低く、また仮にVISA、MasterCardといった西欧ブランドのクレジットカードを扱うはずの店でも、経済制裁以降、使えなくなるケースは増えている。モスクワの大型スーパーで、筆者の前に並ぶ外国人がクレジットカードで支払いをしようとするも、キャッシャーの端末は受付を拒否、現金を持たないその客は結局買い物を諦めて去って行く、という場面を何度見たことか。
ロシアにおいては、現金が無ければ企業は回らない。近代化した中小企業においても、現金の利用は経営の潤滑油となっている。筆者の会社と取引のある企業の社長が日本に出張することになった。当社が保証人となり査証を申請するのだが、驚いたことにその出張費用は全て社長の社長室の金庫から、それもドルで支払われた(*ロシア国内においては、ルーブルと同時に、ドル、ユーロも準通貨として流通しており、外国人相手の使用は合法である。そのため、街のATMで現金を引き出す際、引出し通貨がルーブルなのか、あるいはドル、ユーロなのか、指定しなければならない)。
例えば、社長の滞在経費。航空券、ホテル代などは出張経費としてクレジットカード払いが一般的だが、そうすると経理的処理が増える。仮に、社長個人のクレジットカードを使用して航空券を購入したとしよう。カード会社からの請求が上がってきたところで、同額を立て替え経費として社長は会社に請求を上げる。そして会社は、社長の口座に航空券代として立て替えされた金額を振り込むわけだが、ロシアにおいてはこの振り込まれた金額は社長の所得と見なされ、所得税の対象となる。もちろん、いったん支払った所得税を取り戻す手段はあるが、これまた面倒なのでとにかく個人名義のクレジットカードで会社経費の立て替えはしないこと、というのが原則となる。
そこで一般的なのが、現金での処理である。航空券を予約すると同時に、航空会社あるいは代理店はその金額を口頭あるいは「Proforma Invoice」というもので知らせてくる。この金額を銀行から現金で引き出し、航空券を購入する。このとき、販売者は「AKT」と称する取引確認書を出す。これが日本でいうところの領収証である。このような煩雑さを避けるためには、社長室の金庫の中から現金を取り出し、支払ってしまうのが一番早い。それで多くの中小企業はそのようにしているのである。
ロシアという社会において、法律に基づいたルールを縦糸、現実の世界を横糸と考えると、その間を行ったり来たりしているシャトルに当たるもの、これが現金であろう。日本においては幸いにして、銀行経由の支払いも現金払いも、払う側受ける側共に特に大きな違いはないので、最近は小銭さえ持たずにデビットカードで生活を維持している人が増えている。ところがロシアでは、処理の面から現金ほど楽なものはない、ということで21世紀の今日でも、現金の優位性は社会のあらゆるところで感じられる。
もちろん、現金での受け払いが頻繁なビジネスにおいては、キャッシュレジスターの設置が義務化されていて、税務当局への申告にはこの記録を提示することになっている。ところが、キャッシュレジスターには税務署への登録が必要で、また、四半期ごとにその登録を更新せねばならない。これはインチキを防ぐため、登録業者が登録を行うことになっていて、毎回相当な手数料を支払うことになる。もし、6カ月以上キャッシュレジスターを利用していない場合は、税務当局への再登録から始めねばならず、打ち込み時のミスも全て残しておくという面倒な代物である。
要するに、現金といえども、正式な扱いをするキャッシュだけでは日々の生活が成り立たず、社長室の金庫に眠る私的現金こそがロシアでの小規模ビジネスを支える救世主、ということになる。この救世主があまりに栄えると、2016年2月9日に起こったような地下鉄駅広場にある無許可キオスクの取り潰し、という当局の大作戦に至るのである*。
ロシアは、19世紀型の古典的な商売と21世紀の情報テクノロジーが並立する、世界にも例を見ない国になりつつある。

* 2016年2月9日の夜、モスクワの地下鉄駅90カ所において、契約違反のキオスクがモスクワ市当局の雇い入れた土木業者によって見るも無残に破壊されるという事件があった。

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役兼ロシア法人「Business Eurasia」代表取締役)

※この記事は、2016年5月20日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

61.女性駐在員の進出が目覚ましい在ロシア日本企業-労働許可取得の新条件が追い風に ー菅原 信夫

ロシア国旗

概要

モスクワの女性駐在員数が増加している。総合商社の業界でいえば、女性駐在員が活躍するようになったのは2000年以降と、本当につい最近である。増員の追い風になっているモスクワの労働環境の変化、特に労働許可取得の新条件について取り上げてみたい。

女性駐在員が少なかった時代

最近のロシア経済指標は、ご存知の通りマイナスの羅列で、心をワクワクさせるような数字はどこを見ても出てこない。だからと言って、元気が出る数字がないこともない。例えば、モスクワの女性駐在員の数だ。
私のいた総合商社という業界において、女性駐在員が活躍するようになるのは2000年以降で、本当につい最近の出来事である。それまでは、女性社員が出張に来たりすると、大変な歓迎とともに、臆することなくロシアに乗り込む女性として、男性陣の尊敬を一身に集めるような時代だった。

ロシアに女性駐在員が少なかった理由は、
1)かつて物資の少なかった旧ソビエト連邦(ソ連)/ロシアでは、駐在員の生活を担うのは駐在員の夫人であった。また、娯楽の少ない中、家庭に来客を招き接待するのも、駐在員とその家族の大きな仕事だった。単身の女性駐在員には、対応が難しい面があった。
2)ロシアのお酒といえばウオツカ。ロシア人の中には、ウオツカの飲み干し度合いで友好度を測ろうとする人も多かった。アルコール耐性を買われてモスクワ勤務となった男性駐在員でもひるむほどだ。
3)旧ソ連時代、商社駐在ビザは外国貿易省に許認可権があり、駐在員交代ともなると、所長が新駐在員の略歴を持参し、ロシア側のアグレマン(承諾)を取得してから初めて交代となったものだ。女性の場合、このアレグマンがほとんど取れなかった。
今、手元に1986年度版「モスクワ日本人会会員名簿」がある。以下、勤務先と人数、カッコ内が女性会員数だ。

―大使館:53(4)、商社:157(3)、日本航空:13(1)、報道:21(0)

本当に小さな日本人社会だったわけだが、それにしてもあまりに少ない女性駐在員の数を見ると、これでよくぞ事務所が維持できたものだと思う。しかし、そこはうまくできたもので、ハルピン育ちで日本語が堪能なロシア人女性が日本人駐在員の商談を通訳として援護したり、駐在員夫人が事務所でのパーティーの準備をしたり、まさに一体となって業務にまい進したものである。

今では70人を超える女性が活躍

時代は変わって2016年。「ジャパンクラブ」のホームページ掲示板には、「働く女性の会」の活動が毎月掲出されている。2007年に「モスクワ日本人会」と「モスクワ日本商工会」が合体する形で成立したジャパンクラブには、現在法人会員として、197社700人ほどの会員が登録している。その中の50人ほどの女性会員を対象に「働く女性の会」が昨年結成された。特にメンバー制を取っているわけでもなく、都合がつけば会合に参加するという緩い組織だが、それでも常に30人ほどの女性達が顔をそろえるという(以上の数字はジャパンクラブ事務局より2016年3月にご提供いただいた)。
さらに個人会員として40人ほど登録しているが、そのうち女性会員は20人以上になる。合計すると、ジャパンクラブだけでも70人を超える女性が現地で活躍中という状況が分かる。

増加の追い風になった、モスクワの労働環境の変化

2010年あたりから女性会員が増加に転ずるが、その理由は次のようなモスクワにおける労働環境の変化が挙げられる。
1)東京外国語大学、上智大学といった、ロシア語専攻のある大学において、女子学生の占める割合が圧倒的に高くなりつつある。その結果、毎年ロシア語要員を定期的に採用する企業においても、女性の占める割合が自然に高くなっている。
2)ロシアでは、新しい移民法の規定により、ロシア語の総合力テストに合格することが労働許可取得の要件の一つに定められた(2015年1月より)。このため、駐在員にはロシア語に一定能力を持つ候補者を送り込むことが必要となり、語学で才能を示す女性の登場機会が増えつつある。
3)ロシア全体のビジネス環境が変わりつつあり、ロシア側でも女性が躍進している。また、酒宴の席などは大幅に減り、女性にも営業担当を任せやすい世の中になった。
4)1990年代のソ連崩壊後の混乱期を経て、2000年代から今日までの、特にモスクワにおける都市インフラの改善は特筆に値する。これにつれて、都市の安全という面においても、女性の一人暮らしへの心配が減り、会社としても女性を派遣できる環境が整った。

筆者の個人的な見解としても、モスクワ、サンクトペテルブルクの2大都市は、今や男女を問わず日本人には快適な勤務地といえよう。ソ連の崩壊で廃虚のようになった都市インフラも立派に再構築され、交通、住居、通信など世界の大都市の中で間違いなく上位に数えられるほどになった。モスクワの場合、多くの日本人は環状線の内側に住居を構えていて、どこへ行くにも地下鉄が簡単に利用できる。零下20度の厳冬でも、建物内は集中暖房が効き薄着で過ごせる。経済制裁のために新鮮な乳製品、海産物が入荷しなくなったと騒いでいたのはもう2年も前の話で、今ではスーパーに欠品はない(逆に経済制裁対抗輸入代替え商品、というものがあふれている)。

快適な都市を支えているのは外国人

こういう快適な都市になったが故に、ロシア外部からモスクワに向かう就労希望者は後を絶たない。モスクワから見ても、この都市環境を維持するには、大変な数の労働者が必要となる。夜中の2時頃、私の住むアパートの外には大型のゴミ収集車がやってきて、生ゴミから大きな家具まで、コンテナに入った全てを持ち去っていく。トラックのドライバーも入れて、5、6人のチームが手際よく各アパートの入り口を回る。ゴミの入ったコンテナを建物のダストシュート底部から、ゴミ収集車まで運ぶ仕事は、各アパートにいるコンシェルジュと呼ばれる管理人の役目。彼らはまた、アパート1階の出口に面した小部屋に待機して、朝は6時頃から夜10時すぎまでアパート住民のこまごまとした用事を手伝う。雪が降ると、各アパートのコンシェルジュは早速雪かきショベルを手に、アパート入り口前の除雪にかかる。道路では、モスクワ市役所から派遣された除雪隊がいつの間にか作業を始めている。
こうしてモスクワで生活していると、都市のインフラを守るのはやはり人力なのだと思う。では、その人力はどこから来るか。これが時々報道される中央アジアのマンパワーである。ちなみに、私のアパートのコンシェルジュはキルギス人、隣のアパートはガザフスタン人である。何人かのチームで勤務しているが、メンバーがすっかり変わることはないので、どうやら、家族やグループ単位で担当の契約が決まっているものと見える。

ロシア語の総合テストが労働許可取得に導入された背景

ロシアは、旧ソ連構成国であった国々とは、現在も独立国家共同体(CIS)諸国として、特別な関係にある。その一つが、カザフスタン、ベラルーシとの間で2007年に締結された3カ国関税同盟である。これらの国々からロシアに就労目的で入国する移民に対しては、ロシア入国ビザを不要とする一方、労働パテントと呼ばれるCIS諸国限定の労働許可が発給される。労働許可は毎年連邦により割り当てられる許可枠数量と結び付いていて、この割り当てを「クオータ」と呼ぶ。ただし、入国ビザを不要としているCIS諸国からの労働者にはクオータ制限がない。このため、中央アジアからの労働者が無制限にロシアに流入する恐れがあった。
そこでロシア政府は、ロシアにおいて「善良なるロシア市民として生活できる」資質をロシア語の能力で確認しようと、労働パテント取得にロシア語、ロシアの歴史、ロシア法の試験への合格を義務化した(2014年からスタート)。このあおりを受け、日本人に対しても、通常のクオータ枠内で労働許可を取得するためには、この試験に合格することが必要となった(2015年1月より)。

マネジャーとスタッフで、労働許可枠を使い分ける日本企業

例外的に、高度熟練専門家(Highly Qualified Specialist=HQS)というカテゴリーで労働許可を申請する場合においては、このロシア語試験合格の条件はなくなる。ただし、本人の年間所得が200万ルーブル(月次所得16万7,000ルーブル)以上であることが条件だ。このような法的条件を満たすべく、日本企業においては、マネジャークラスについては社宅扱いのアパート家賃なども含めて、年収200万ルーブルを実現してHQSカテゴリーでの労働許可申請を行っている。また、スタッフクラスについては、ロシア語試験に合格できるロシア語力を持つスタッフを東京より呼び寄せ、従来の若手スタッフは交代させる、という動きが出ている。その結果として、外国語大学などでロシア語を専攻した女性たちが、駐在員として送り込まれる現象に結びついていく。
このような過程を経て「女性の海外駐在が実現する可能性が高い国がロシア」という認識がにわかに広まり、2015年あたりから新卒の就職活動において露文系女子学生の会社訪問対象がだいぶ変化してきていると聞く。
2016年3月、当社が東京ロシア語学院と共催した「就職準備セミナー<ロシア語で働くということ>」には、大学でロシア語を専攻する現役学生が多数参加した。そこにも女性の姿をたくさん見ることができた。また、現地採用日本人枠を持つ会社も増えつつあり、その枠を目指して、モスクワで日本企業回りをする日本人女子学生に会ったこともある。今後、在ロシア日本企業で活躍する女性駐在員は、ますます増加していくことだろう。

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役兼ロシア法人「Business Eurasia」代表取締役)

※この記事は、2016年4月13日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

39.生鮮食品の輸入禁止で影響を受けるロシアの食事情 -菅原信夫

ロシア国旗

概要

ロシアから経済制裁の対抗策として発表され、2014年8月7日より実施された生鮮食品の輸入禁止措置が、ロシア人の日常における食生活を困惑させている。生鮮食品というカテゴリーには、食肉、魚介類、青果類、乳製品が含まれる。ロシアの市場におけるこれら生鮮食品をめぐる状況を現地より伝える。
ウクライナ紛争へのロシア介入の物証を認めた欧州連合(EU)、米国が、2017年7月、対ロシア経済制裁を発表したが、この制裁は、一般ロシア人の生活には取り立てて影響を与えるものではなかった。その後、ロシアから経済制裁の対抗策として発表され、同年8月7日より実施された生鮮食品の輸入禁止措置こそが、ロシア人の日常における食生活を困惑させている元凶である。生鮮食品というカテゴリーには、食肉、魚介類、青果類、乳製品が含まれる。ロシアの市場におけるこれら生鮮食品をめぐる状況を、現地より伝える。

スーパーマーケット

秋の深まりとともにスーパーマーケットの棚に並ぶ豊かな果実類。しかし2014年は、ロシア政府による生鮮食品の輸入禁止措置以降、非常に寂しい品ぞろえとなっている。いつもならポーランドなど東欧諸国から入荷するリンゴ類に代わり、遠くチリ産の赤玉とロシア産の王林(おうりん)の2種類だけになってしまい、われわれ日本人が楽しみにしている紅玉(こうぎょく)やゴールデンデリシャスなどはすっかり消えてしまった。その上、1キログラム30ルーブル(100円)程度で買えた高級リンゴは、今や80ルーブル以上と大きく値上げされている。9月になってセルビア産の青玉が登場し、売り場は多少見栄えがするようになったものの、価格は70ルーブルと高い。

日本ではスイカといえば、7、8月の盛夏の象徴だが、ロシアでは秋の到来を告げる農産物である。10月に近づき、すでに市場へ出回っている量は減り始めたが、2014年はどこのスーパーマーケットもスイカの仕入れ量を増やしており、貧弱な売り場をスイカによって少しでも華やかに見せるような構成をしているのが目立った。しかし、ロシアで標準とされる1キログラム10ルーブルというアストラハニ産スイカが2014年は最低でも15ルーブル。こちらもやはり値上がりが目立つ。

ロシア政府によると、生鮮食品の輸入禁止措置は、国内産業の保護と育成のためという側面もあることを強調し、国民には国産食品の購入を促すが、それができるのは秋口までで、厳冬の訪れとともに、国産野菜や果実は減少するのが常である。それだからこそ、輸入野菜や果実によって売り場が何とか構成されるロシアで、冬の売り場はどのような風景になるのだろうか。これまで、スーパーマーケットの店頭から輸入食品が消えてゆくのは、EU諸国によるロシア制裁の一環ではないかと誤解していた多くの消費者も、ぼちぼち自国政府の政策の結果のようだと気付くだろう。2014年の冬が心配である。

一方、食肉、乳製品については大きな変化は見られない。後述する大手スーパーマーケット「アズブカフクーサ」のサドービン社長の説明のように、ロシアの食肉は、高級牛肉はアルゼンチンを中心とする南米、その他は国産というように二分化がかなり進んでいて、豚肉を中心とする欧州各国からの輸入品が輸入禁止対象になっても、売り場はそれほど欠品している感じはしない。ハム、ソーセージといった肉加工品は、2013年の値上がりが顕著だったためか、この夏以来の値上がりはそれほど目立たない。2014年春と比較して、2割ほどの値上がりであろうか。また、ロシアでは加工品も含め肉類はカット販売が多く、客が「300ルーブル分カットして」などと購入金額を指定することが多いため、値上げはそれほど実感しないのが普通だ。

輸入禁止措置の影響が最も大きく感じられるのは鮮魚類であろう。ロシアで一般に販売される鮮魚類は、日本に比較すると種類が少なく、また鮮魚類が食卓に上るロシア人家庭も大変少ない。ただ、その中で例外的に扱い量が多いのがサーモンである。小骨がなく、家庭でも肉類と同じ感覚で調理することが可能なサーモンステーキは人気のメニューである。

サーモンは大きく分けてノルウェー産、チリ産、ロシア欧州部産、ロシア極東産の4種類があるが、ノルウェー産の人気が圧倒的に高く取引量も大きい。このノルウェー産サーモンが輸入禁止措置によって入荷しなくなり、結果的にチリ産が増えている。チリ産のサーモンの味わいは、ロシア極東産と似ている。

一方、ノルウェー産サーモンは北米産に近く、脂肪が乗っており、ステーキにするならこれが一番ふさわしく、ロシア人のサーモン人気はまさにこのノルウェー産によって支えられてきた。ここに、脂肪分の少ないチリ産やロシア極東産を持ち込んでも、なかなか食指は動かない。また、価格も大幅に上昇し、家庭の食事にはそぐわない域に達している。

ちなみに2014年9月15日のロシアのスーパーマーケット・セジモイコンチネントにおけるサーモンの店頭価格は200グラム250ルーブル程度で、牛肉価格のほぼ倍であった。さらに同年9月20日、同じ店頭をのぞくと、鮮魚売り場は取り去られ、魚の缶詰がそのあとに山と積まれていた。
このような状況下、筆者の妻がベラルーシ産サーモンを見つけたということで、早速わが家で試食してみた。250グラム入りの切り身がパックになっていて250ルーブル。商品には、ノルウェー産高級サーモンをベラルーシに輸入して加工の上パック詰めにし、ロシアに提供しているというベラルーシの製造会社の説明が、ロシア語で書かれていた。

ここには幾つかのトリックが隠されている。まず、内陸にあるベラルーシで海産物であるサーモンが漁獲できるはずはない。また、ベラルーシで大量のサーモンが消費されるという話も聞いたことがない。一方、ノルウェー産サーモンは世界各国、特に中国、ロシアからの引き合いが多く、新規顧客に割り振るほどの量はないという。結局、ベラルーシの企業は、本来ロシア向けだったサーモンに自国を迂回(うかい)させ、ロシアに再輸出する、という便法を思い付いたものと考えられる。

さらなるトリックは、ベラルーシの企業での加工内容である。大量にひとまとめにして到着したであろう魚肉に食塩を振り、一定のサイズ、重量にカットしてパックする、それだけである。日干しも含め、一切の熱処理はされていないと思われる。これでノルウェー産サーモンはベラルーシ産サーモン加工品となり、ロシアに輸出される。ちなみに、ロシア、カザフスタン、ベラルーシ間には関税同盟が形成されていて、2010年以降、この3国間での貨物の移動には共通関税という概念が導入され、税関検査も省略できる。
こうして、ノルウェー産サーモンは本来の仕向け地であるロシアのスーパーマーケットの棚に、合法的に並ぶことになったのだ。そして、ミンスク-モスクワをつなぐルートM1を走るトラックは増加の一途をたどり、キエフ-モスクワ間のM3を大きくしのぐことになる。

流通業、飲食店


先ほど、スーパーマーケットの店頭で鮮魚類の販売がなくなりつつある、ということを紹介したが、これに関連して新聞で報道された記事をお伝えしたい1。

2014年7月、ロシアの鮮魚輸入業者が倒産した。ピーク時の売り上げが70億ルーブル(210億円)というから、ロシアでも中堅企業といえるだろう。この企業が、ノルウェーやスペイン、アイスランドなどの魚介類輸出業者、およびロシア国内販売先との債権処理にまつわる21件の係争案件を抱え、社長は行方不明になっている、という記事だ。直接的な倒産の原因はロシア政府の輸入禁止措置であると考えられる。同企業は南米産、南アフリカ産などの代替措置を講じたものの、売り上げは日ごとに落ち、販売先からは契約キャンセルが連続したという。これでは余力ある鮮魚輸入企業といえども、厳しい状況だろう。筆者が2014年9月初めに面談したモスクワの大手スーパーマーケット・アズブカフクーサのサドービン社長は、輸入禁止措置後の同社の動きに関して、次のように述べていた。

販売商品の産地をポップに明記し、輸入禁止対象国の物を扱っていないことを、消費者、役所側両方に明示し、アズブカフクーサの順法性を強調した販売活動を全店で展開した。

特に生鮮食品において、代替商品の調達を急ぎ、従来取引していなかった業者でも商品によっては直ちに契約を行い、売り場の欠品を極力避けるようにした。
消費者に商品の値上がりが極力波及しないよう、可能な限り納入業者との間で販売価格を調整した。売り場では随時割引セールを実施し、客に値上がりを感じさせないような方策を取った。

サドービン社長は、日本留学中に見た紀ノ國屋をモデルにスーパーマーケットを始めた。そのサドービン社長が率いるアズブカフクーサは、店内の清潔感から商品の展示方法に至るまで、日本的なところが好評で、ロシアに住む日本人にも人気がある。そこに、いつもとは違い、まるで素人が育てたかのような不ぞろいな大きさと形のロシア産リンゴが並ぶと、やはり違和感は否定できない。

ところが、9月上旬にアズブカフクーサの基幹店をのぞくと、そこには本来輸入が禁止されたはずのフランス産チーズやバターなどがしっかりと売り場に並んでいた。新規の輸入は禁止されたが、すでにロシア国内で在庫管理されている商品の流通は自由であるため、そのような在庫品を取引業者から急きょ集めてきたと、後日事情を聞いた。レストランについては、驚くべき現象が起こっている。日本食レストランの閉店が続いているのだ。モスクワでは、高級官僚の利用も多かったある高級日本食レストランが2014年8月いっぱいで営業を終了した。さらにサンクトペテルブルクから首都圏に進出した日本食レストラングループが、モスクワ地区の全店舗を閉店、売却し、サンクトペテルブルクの10店舗も閉店するというニュースがあった2。閉店理由はすし用食材を中心とする原材料の高騰で、サーモンは30%も価格が上昇し、客数が減る一方の状況では費用アップを吸収できなかったからだという。

他の日本食レストランについても、経営が危機的な段階となっている店が幾つかあると聞いている。メニューにイタリア料理やハンバーガーを加えて何とか客足の減少を防ごうとする店や、デザートメニューを充実させて食事目的以外の客層を取り込もうとするなど、どの店も生き残りに知恵を絞っている。ロシアの生鮮食品輸入禁止措置が、回り回って日本食レストランを閉店に追い込むことになるとは、何たる皮肉であろうか。


1 Vedomosti 2014年9月15日号
2 The Moscow Times 2014年9月16日号

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役)

(※この記事は、三菱UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに2014年10月1日付で掲載されたものです)

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