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ロスネフチの2015年-ロシア最大の石油会社の直近の動向、そして2016年の課題は?-篠原 建仁

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概要

概要 ロシア最大の石油会社ロスネフチは、株式の約70%を政府が、約20%を英国BPが保有している。経済制裁下でも、BPはロスネフチの主力油田の権益を確保するなどその関係を堅持している。2015年のロスネフチを見ると、アジア向け輸出拡大、借入金残高の減少
、インドへの油田権益の譲渡など新たな動きがあり、日ロ関係を占う上でも今後も目が離せない。

1.ロスネフチとは?

「ロスネフチ」と言われても、日ロ関係あるいはエネルギー産業に詳しくない限り、すぐにぴんとくる読者は少ないのではないだろうか。ロシア政府が株式の約70%を保有する、ロシア最大の石油会社である。その概要を表1にまとめたが、その生産規模は巨大で、2014年の日本の石油とガスの総消費量のそれぞれ9割超および5割超に匹敵し1、世界最大の国営石油会社サウジアラムコ(サウジアラビア)の2015年石油生産量(日量950万バレル)の半分弱(43.3%)、世界最大の民間石油会社エクソンモービル(米国)の同年石油生産量(日量234万5000原油換算バレル)の2倍弱(175.5%)である。

表1 ロスネフチの概要

表1 ロスネフチの概要

(*) 石油の他に、ガス田から液体分として採取される原油の一種である、コンデンセートを含む
(**) 2015年通年のドル・円平均レート121.05円(三菱東京UFJ銀行公表値)を基に換算
(***) 2015年12月30日のドル・円仲値(三菱東京UFJ銀行公表値)=120.61円を基に換算(業績は2015年通年実績;同社年次報告書などを基に筆者作成)
ロスネフチのイーゴリ・セチン社長は、同じサンクトペテルブルク出身のプーチン大統領の腹心の一人といわれ、これまで大統領府副長官、エネルギー担当副首相を歴任し、2012年5月から現職にある2。

ロスネフチの主な特徴は以下である。
(1)英国の国際エネルギー企業BPが、20%弱の株式を保有する。
(2)石油・ガスのほとんどを、ロシア国内の陸上で生産しており、特に西シベリアの主力油田群は、同社の石油・ガス総生産量の60%超を占める。
(3)国境を接するエネルギー消費大国・中国との関係を深めている。中国へ長期にわたり石油を供給する代わりに、輸出代金を前払いで受け取る契約を、複数締結している。
(4)極東開発も重視し、サハリン島周辺での液化天然ガス(LNG)工場建設計画、日本海岸での石油精製・石油化学コンプレックスや造船コンプレックスの建設計画などを推進してきた。

上記(1)に関し、2014年に始まり今も継続する欧米諸国による対ロシア経済制裁下においても、BPはロスネフチとの関係を堅持している。2015年東シベリアで、BPは国際エネルギー企業として初めて、生産中のロスネフチの主力油田の権益20%を取得するなど、関係を強化しているように見える。
上記(2)に関し、日本も参加する極東の「サハリン1プロジェクト」は、ロスネフチが参加する数少ない、海上(オフショア)プロジェクトである。
上記(3)に関し、中国はロスネフチの石油を単に購入するのみならず、購入代金を前払いする形で、ロスネフチの資金調達を支援している。ただし、後述のように2015年、ロスネフチはインドとの関係強化にも乗り出した。
最後の(4)について、ロスネフチは、単にエネルギー企業というだけではなく、ロシア政府の意向を踏まえて極東の総合開発を行う、巨大な「地域開発公社」の役割を担ってきたともいえる

2.近年の動向

2013年まで、ロスネフチはセチン社長の強力なリーダーシップの下、それまでの石油・ガスの生産基盤だった西シベリアに加え、新たに東シベリア、北極海はオホーツク海を含むロシア大陸棚での石油・ガス開発、さらにはロシア国内の陸上部におけるタイトオイル・ガス3開発を実現しようとした。
低温や流氷といった厳しい気象条件下にあるロシア大陸棚や、タイトオイル・ガスに関し、必要な技術や経験が少ないロスネフチは、それらを有する欧米のエネルギー企業、例えばエクソンモービル、スタトイル(ノルウェー)などと相次いで提携した。
しかし、2014年2月に始まったウクライナ危機と翌3月のクリミア併合を引き金とした、欧米諸国による一連の対ロシア経済制裁は、国際金融市場におけるロスネフチのドルやユーロ調達を不可能にし、タイトオイル・ガスやロシア大陸棚開発に必要な資機材の調達を困難にした。これにより、ロスネフチとの提携を通じロシアに参入した欧米のエネルギー企業は、一部を除き4、ロスネフチとの共同事業を事実上凍結。外資との連携を前提に発展の絵を描いてきたロスネフチに、大きな誤算が生じた。
このような状況下、2016年3月に発表された2015年通年のロスネフチの業績などで、筆者が特に注目したのは、以下の諸点である。
(1) 石油生産量は、前年比で若干の減少(前年比▲1%)
(2) アジア向け石油輸出の大幅増加(前年比+18.5%)
(3) 借入金残高の大幅減少(前年比▲38.6%;約545億ドル)
(4) インド国営企業による東シベリア主力油田群の権益取得(正式発表は2016年3月)

上記(1)に関し、ロスネフチは、西シベリアの主力油田群の生産量減退を、新規油田の生産増などで補えなかった。今後3年にわたり、毎年1兆ルーブル(現時点の為替相場で換算すると約150億ドル)の投資をすることで、生産量維持を狙っている。同社は2016年の石油生産量を、前年比横ばいと予想している。
上記(2)は、プーチン大統領が2015年9月に国際会議の場で述べた、アジア向けエネルギー供給の重視と整合する。
上記(3)に関し、ロスネフチは、2012年のロシア大手石油会社TNK-BP買収資金などを、国内外の銀行からドルやユーロといった外貨建て借入で調達した。返済のピークが2014年および2015年に訪れる中、ロスネフチは2015年、複数の国際的なエネルギー商社や中国企業と相次いで長期の原油あるいは石油製品供給契約を締結し、前払いで得られた資金(154億ドル相当)を、既存債務の返済に充てた可能性がある5
上記(4)は、ロスネフチが東シベリアで有する最大の油ガス田ヴァンコールの権益を最終的に49%まで、同じ東シベリアのタース・ユリャフ油田の権益29.9%を、それぞれインドの複数の国営企業に譲渡するものである。特にヴァンコール油田は、2014年9月にプーチン大統領自ら、中国企業への権益譲渡を示唆していた。順調な経済発展を背景に、エネルギー需要が伸びつつあるインドによる同権益取得は、ロスネフチあるいはロシアが、これまでの中国重視姿勢を変化させたのではとの憶測を呼んだ。
  上記以外で日ロ関係の観点から特筆すべきことは、2015年11月に日本の民間団体の招きでセチン社長が来日し、東京で開催された国際会議において、日本政府や企業に、東シベリアや極東への投資を自ら呼び掛けたことである。
セチン社長が具体的に挙げた複数のプロジェクトには、サハリンから北海道へ電力を供給する「パワーブリッジプロジェクト」も含まれていた。電力事業を営んでいないロスネフチが、日本への電力供給を提案すること自体、驚きである。しかし2015年、先に挙げたLNG工場や石油化学プラントといった極東の主要プロジェクトの進捗が見られない中、少しでも極東でプロジェクトを実現しようとするセチン社長個人の想いあるいは焦りが、その背景にあったのかも知れない。
3 タイトオイルおよびタイトガスは、頁岩(けつがん:シェール)や砂岩などの高密度な岩盤層から採取される、非在来型の原油あるいは天然ガス。1980年代後半から米国で開発が進展した。
4 各種報道によれば、ロスネフチとスタトイルとの提携は現在も継続しており、2016年オホーツク海上の2鉱区で、試掘を行う模様。この2鉱区が、現行制裁(主な条件;大水深(500フィート≒150メートル以深)および北緯66度33分以北の北極圏内における石油関連プロジェクト、シェールオイルプロジェクト)に該当しないためと推測される。
5 ロスネフチのこのような前払い付き長期供給契約締結は、結果的に、同社の財務諸表にある長短債務(銀行借入など)を簿外債務、すなわち財務諸表へ掲載しない形へ転換しただけとの見方もある。

3.2016年の課題

2016年4月にスイスで開催された国際会議の場で、セチン社長は今後2年間、原油の供給過剰状態が続くとの見解を示した。換言すれば、今後2年間は原油価格の低迷を見込んでいることになる。このような状況下、ロスネフチは市場シェアを維持し、既存の長期供給契約を履行すべく、当面は国内主力油田における生産量維持に注力するであろう。アジア重視の観点から、2015年に比べさらに多くの石油を、アジアに向けることも考えられる。
また、プーチン大統領が重視するものの、インドによる東シベリア主力油田への参入以外、大きな成果が見られない極東開発を、改めて動かそうとする可能性がある。
2016年は5月6日にロシア・ソチで非公式の日ロ首脳会談が行われるなど、政治レベルで日ロ関係の動きが見込まれる。対ロシア制裁緩和あるいは解除のめどは立っていないが、ロスネフチはさまざまな場面で極東開発に関し、日本に秋波を送り続ける可能性はある。今後の日ロ関係を占う上で、ロスネフチそしてセチン社長の動向に、引き続き注目したい。

※本稿は、全て筆者個人の意見・見解であり、筆者の所属する国際石油開発帝石株式会社の見解などを示すものではない。

[執筆者]篠原 建仁(国際石油開発帝石株式会社 ユーラシア・中東事業本部 業務企画ユニット シニア・コーディネーター)

※この記事は、2016年5月19日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

経済制裁下のロシア経済-リスクと新たな可能性-岡田 進

ロシア国旗

要旨

< ロシアの経済危機は、油価低迷や経済制裁など外的要因に影響されやすい資源輸出=輸入依存モデルの限界を示している。しかし、経済制裁下の輸入代替を契機として、自立的に再工業化=イノベーション・モデルへの転換が模索され始めている。これは長期的に見れば、ロシアが製造業分野の国際分業に参加していく新たな可能性を生み出すかもしれない。

はじめに

ロシア経済は1年以上落ち込みが続き、原油価格の暴落や経済制裁の影響が指摘されている。だが留意すべきは、こうした外的諸要因に影響されやすい資源輸出=輸入依存モデルそのものが行き詰まっていることである。しかし、経済制裁下の輸入代替を契機として、自立的に再工業化=イノベーション・モデルへの転換が模索され始めている。これは長期的に見れば、ロシアが製造業分野における国際分業に参加していく新たな可能性を生み出すかもしれない。

1.落ち込みが続くロシア経済 2015年と2016年第1四半期


2015年に、ロシアの国内総生産(GDP)は3.7%のマイナス成長を記録したが、これは2008~2009年の経済危機当時とは異なって、主要国の中ではロシア経済だけが落ち込んだ。工業生産は3.4%減少し、固定資本投資は8.7%低下した。特に大幅に減少したのは貿易額で、輸出は37.7%、輸入は32.1%減少した。実質賃金は前年に比べて9.5%、可処分貨幣所得は4%減少し、国民生活を直撃した(最低生活費以下の所得人口は2008~2009年の経済危機以来の13.3%に上昇)。購買力の低下から小売商品流通高も10%減少した。その一方で、ルーブル安の影響もあって、不況にもかかわらず年間の消費者物価上昇率は15.5%にも達した。ただし、一部で強制休暇や賃金未払いが復活しているとはいえ、失業率は5.6%と欧米諸国に比べて特に高いわけではなく、またこの間、企業財務は全体として黒字基調であった。
2016年に入って低下のペースは多少鈍化したが、依然としてマイナス成長が続いている。同年第1四半期のGDPは前年同期比マイナス1.4%で(経済発展省推計値)、工業生産は同0.6%減にとどまったが、固定資本投資は同8.4%減と高水準で、住民可処分所得は同3.9%、小売流通高は同5.4%それぞれ減少している。所得の減少や節約志向による消費需要の減退により、インフレ率はようやく年率7.3%に下がった。住民の貯蓄率は15.7%に急上昇し、不要不急の支出を控える「生き残り指向」が鮮明になっている。
歳入減と歳出増により、2015年の連邦予算はGDP比2.6%の赤字であったが、すでに2016年1-3月期には赤字は3.7%と2016年度予算で定められた3%を上回っており、このままの状態が続けば、オイルマネーを貯めた赤字補填のための予備基金は2017年中に底をつくと見られている(以上の数字は連邦国家統計局の公式データおよび経済発展省のモニタリング・データによる)。国際通貨基金(IMF)は2016年のロシアの成長率をマイナス1.0%、2017年にはようやく回復してプラス1.0%と予測している(同年4月改定値)。

2.経済危機のロシア特有の原因 資源輸出=輸入依存モデルの行き詰まり

近くは中国経済の減速をはじめとした世界経済の低迷もさることながら、こうしたロシア経済の際立った落ち込みにはロシア特有の原因がある。ここでは、資源輸出国ロシアを襲った原油価格の暴落、ウクライナ問題に端を発した西側諸国による対ロシア経済制裁といった外的要因が挙げられるが、むしろこうした外因によって深刻なダメージを受けたロシア経済の脆弱な体質にこそ問題があるといえよう。
欧米諸国が2008~2009年の経済危機からの立ち直りを見せた2013年には、早くもロシアのGDPは2012年の3.5%から1.3%に下がり、まだ外的影響がなかった2014年上半期には0.8%にまで低下していた。ロシア産原油の輸出価格が1バレル当たり120ドルに達し、同年は年間でほぼ100ドル水準を維持していたにもかかわらず、である。これは、石油・ガス輸出に依存して高成長を遂げたロシアの成長モデルの潜在力が尽きたことを意味した。
資源輸出収入によって増大した消費・投資需要はもっぱら輸入に向けられて、国内産業活性化の要因とはならず、その結果、輸出価格が不断に上がり続けて輸入が増えない限り成長が見込めなくなっていた。ここでは大量の資源輸出収入が自国通貨高を招き、国内製造業の価格競争力を低下させるという、いわゆる「オランダ病」が指摘される。だが、そもそも世界の原料供給源となることで自らの富裕化を目指したオルガルヒ(新興財閥:彼らはまた利潤の多くを海外に逃避させた)の支配と、市場が全てを解決するとして産業政策や科学技術政策を放棄した1990年代以来の政府の新自由主義政策によって、機械・設備生産は20年以上たってもソ連時代の半分にも満たないなど、すでにロシアの製造業自体が壊滅状態に陥っていた。
そして、資源輸出=輸入依存モデルが行き詰まっていたところに外因が作用した。途上国を含めた高成長時代の終焉による燃料エネルギー需要の低下、再生可能エネルギーの急増、省エネやシェール革命の進展などによって石油の世界的過剰が明らかとなり、ロシア産原油の輸出価格は2014年末には1バレル当たり61ドルに下落し、2015年末には36ドルにまで下落した。原油価格が一挙にピーク時の3分の1にまで暴落したことが、輸出額の70%、国家歳入の50%、GDPの40%を石油・ガス輸出に依存していたロシア経済にいかに深刻な影響を与えたかは想像に難くない。資源の主要輸出先を従来のヨーロッパからアジアにシフトさせるという方向で、中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)市場にも接近しているが、転換には時間と巨額のインフラ投資を必要とする。
 ほぼこれと同じころに起こったのが、ルーブルの下落である。ルーブルは2014年半ばまでは1ドル=33~35ルーブル程度で安定していたが、同年末にかけて一挙に値を下げ、68ルーブルにまで落ち込んだ。その後も不安定な動きが続いているが、経常収支の黒字にもかかわらずルーブルの価値が半減したことは、石油に依存したロシア経済に対する市場の不信の表れであったといえよう(原油価格とルーブル・レートとの相関は70~80%と高い)。またここでは、同時期にロシア中央銀行によって取られた自由変動相場制への移行、為替投機や海外への資本逃避が放任されたことも少なからぬ影響を与えた。ルーブル下落は輸出企業の利潤を増やし、原油の値下がりによる国家歳入の減少をカバーし、輸入代替への刺激ともなり得るが、輸入品価格や海外旅行費用の高騰という形で国民生活にも否定的影響を及ぼした。

3.西側諸国による経済制裁の影響

ロシア経済危機のもう一つの原因として挙げられるのが、ウクライナ問題に関連して西側諸国が発動した対ロシア経済制裁(また、これに対するロシアの逆制裁)である。2014年7月には、欧州連合(EU)や米国が、ロシアの主要銀行・企業に対する金融取引の制限、軍事技術や汎用品の輸出禁止、また北極海・深海大陸棚での油田探査や掘削、シェールオイル掘削に使われる先端技術の提供禁止などの措置を取り、ロシア企業との技術提携なども大幅に制限した。これに対抗してロシアは、同年8月に一連の農産物の輸入禁止に踏み切った。グローバル化が進んだ現在、経済関係の断絶や縮小は双方にとって打撃となるが、現在に至るまで経済制裁緩和の兆しは見えず、ロシア経済は事実上冷戦時代の孤立状態に立ち戻っている。
これまで、ロシアの企業はヨーロッパの金融市場からの信用に大きく依存してきたが(2007~2013年の借入額は年間1,500億~2,000億ドル)、経済制裁によりこれが大幅に制限されることになった。その結果、国内信用財源からの資金調達に切り替えざるを得なかった(アジアなど代替市場はなお極めて限定的)。しかし、もともと投資源泉としての銀行信用の割合は低く、しかも利潤率をはるかに超える高金利の下で、主に自己資金に頼る企業(特に中小企業)の投資の縮小は避けられなかった。海外からの直接投資も2013年の690億ドルから2014年には220億ドル、2015年には48億ドル(ヨーロッパからの投資はマイナス73億ドル)に激減した(ロシア中央銀行のデータ)。
借り入れの返済などは企業の準備金からなされ、資本流出も3分の1にまで減少し、外貨準備高は4,000億ドル近くの水準を維持するなど、ロシアは短期的には金融面で経済制裁に適応しているが、制裁が長期にわたれば、国内投資の縮小や直接投資を通じての技術導入の困難などの影響が深刻化することは避けられない。
実体経済面では、資源輸出モデルに基づいてハイテクを中心に製造業の主要部門がヨーロッパからの輸入に大きく依存している(医薬品の50%、機械類の20%、化学工業品の25%を輸入に頼っており、数値制御付き旋盤の輸入量は国内生産の実に15倍にも達する)ことから、経済制裁による先端技術・機械設備・部品などの供給の停止や制限の影響は小さくない。輸入元の他国への切り替えには品質などの問題もあり、この分野での制裁は長期的に見て、西側諸国と肩を並べるために不可欠なロシアの再工業化や国際競争力強化にとって大きな障害となろう(これによる損失は年間200億ドルと見積もられている)。特にロシアの燃料エネルギー産業では、旧産地の産出効率が低下している中で、北極海などでの新油田開発やシェールオイル開発に期待がかけられていたが、西側諸国による経済制裁はこうした開発プロジェクトの実現を困難にしている。これにより、2030年のロシアの原油採掘量は現在より15%減少するとの予測もある。

4.輸入代替を契機にイノベーション・モデルへの転換は実現できるか

西側諸国の経済制裁によるハイテク分野の輸入停止やロシアの対抗策としての農産物輸入禁止は、輸入代替問題を提起した。折からのルーブル安がその追い風となり、代替需要があり、資源的にも技術的にも国内生産が可能で稼働率に余力のある部門では、経済不況の中にあって一定の伸びを示した。すなわち2015年に農業生産は前年より3%増大し、化学工業は6.3%(製品によっては11~12%)、食品工業は2%(肉製品は10.8%、チーズは17.1%)伸びた。これまで農業保護が軽視され、穀物などを除き食料品の多くを輸入に依存してきたロシアにとって、自国産の農産物の比重が増大したことは、食糧安全保障の観点からも制裁(逆制裁)による予期せざるプラス効果であった。一方、自動車や航空機製造などでは多少の動きはあるものの、ハイテク分野では西側諸国からの立ち遅れは歴然としている。国産化には巨額な投資資金も必要であり、当面、なお輸入に頼らざるをえない状況にある。
今ロシアでは、為替レートが変わればまた元に戻ってしまうような一時的な輸入代替ではなく、より広く、国際分業の利点を利用しつつも国家主権を支える自立的な再生産構造を構築することが求められている。これは長期的に見れば、ロシアが製造業部門における国際分業に参加していく新たな可能性を生み出すかもしれない。原油価格の低落や西側諸国による経済制裁を奇貨として、今後、政府の意識的な取り組みを通じて、資源輸出=輸入依存モデルからの脱却と、ロシアの再工業化=イノベーション・モデルへの転換が実現できるかどうか、注目されるところである。

参考文献
Угрозы и защищенность экономики России.: опыт оценки. Новосибирск : ИЭОПП СО РАН, 2016.
А.А.Широв, А.А.Янтовский, В.В.Потапенко. Оценка потенциального влияния санкций на экономическое развитие России и ЕС // Проблемы прогнозирования. 2015.No.4.
В.К.Фальйман. Импортозамещение в отраслях экономики России. // Проблемы прогнозирования. 2015.No.5
蓮見 雄「油価低迷・経済制裁とロシア」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』第1002号(2016年3月号)
岡田 進「新たな危機を迎えたロシア経済」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』第992号(2015年4月号)

[執筆者]岡田 進(東京外国語大学名誉教授)

※この記事は、2016年6月22日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

注目の新興国リトアニアの光と影-課題も多いが魅力ある欧州のビジネス拠点-蓮見 雄

リトアニア国旗

要旨

リトアニアは旧ソ連から独立して以来、急速なキャッチアップを果たした注目の新興国であり、ビジネス環境への評価も高い。とはいえ、同国は賃金上昇や人口流出など多くの課題に直面している。しかし、これまで欧州連合(EU)の政策を積極的に受け入れ、一貫してビジネス環境の改善を続けてきている。また交通の要衝であるクライペダ経済特区の存在を考えれば、リトアニアは依然として魅力ある欧州のビジネス拠点候補地の一つといえる。

小規模だが急成長する新興国

リトアニアの経済規模はポーランドの約10分の1にすぎないが、注目の新興国である。リトアニアは、世界経済フォーラムによる2015-2016年の競争力ランキングで36位、世界銀行による2016年のビジネス環境ランキングで20位と高い評価を得ている。2005~2014年には、労働生産性(1人当たりの実質生産額)が約35%上昇した。これは欧州で最も速いペースであり、10年余りの間に経済規模は倍増した。市場経済化への取り組みを始めたばかりの当時の1人当たり国内総生産(GDP)はEU平均の3分の1であったが、2013年にはその73%までキャッチアップしている(図1)。

図1 リトアニアの急速なキャッチアップ

図1 リトアニアの急速なキャッチアップ

出所:IMF, Republic of Lithuania, IMF Country Report, No. 15/139, May 2015, p.36を基に筆者作成(表記方法を一部修正)

2004年のEU加盟は、リトアニアの経済成長を刺激したものの、それは消費バブルと住宅バブルを伴っていた。投資と消費は、EU加盟前後の経済成長をけん引したが、世界金融危機の影響で2009年のGDPは対前年比14.7%減と急落した。しかし、2011~2014年の実質GDP成長率は年平均で4.1%と回復も急速であった。2013年以降は、賃金上昇や失業率の低下などによって個人消費が成長に寄与し、住宅価格も上昇の兆しを見せている。
2015年は1.6%成長にとどまったが、これは貿易の2割を占めるロシアの景気低迷で対ロシア輸出が4割減となったことが影響している。図2から明らかなように、リトアニアの貿易相手の大半はEU諸国であるとはいえ、依然としてロシアは重要な貿易相手国の一つである。このため、リトアニアの経済を占う上ではロシアの動向にも留意する必要がある。

図2 リトアニアの貿易地域構造(2014年)(単位:%)

図2 リトアニアの貿易地域構造(2014年)(単位:%)

出所:経済協力開発機構(OECD):OECD Economic Surveys Lithuania, March 2016, p.58を基に筆者作成

だが、欧州委員会によれば、リトアニアはアジア向けなど輸出先の多角化を進め、堅調な内需が続けば、2016年以降は3%前後の成長率に回復するとみられる。
リトアニアは、2009年の金融危機への対応に追われ財政赤字が拡大したが、通貨切り下げは行わず、通貨リタスのユーロペッグを維持し、専ら歳出削減によって均衡を回復し、2015年にはユーロを導入した。2015年の財政赤字は対GDP比0.9%、債務残高も43%弱と健全財政を維持している。

直面する課題

同時に、リトアニア経済は多くの課題を抱えている。特に問題とされているのが、賃金の高騰と人口流出である。
製造業はGDPの2割を占めるが、食品加工、化成肥料、プラスチック製品、石油精製などの原材料加工、あるいは繊維・衣料、木材・家具などの労働集約的なものが中心であり、厳しい国際競争にさらされている。リトアニアの3大企業といえば、石油精製ORLEM Lietuva、スーパーマーケットチェーンMaximaを所有するVilniaus prekyba、肥料や物流(KLASCO)のKoncernas ACHEMOS GRUPĖである。つまり、旧ソ連時代の資産を民営化した企業と市場経済化の中で急成長した商業企業である。こうした産業を支えてきたのは低賃金であった。2015年のリトアニアの労働コスト(1時間当たり、公的部門を除く)は6.8ユーロで、EU平均の25ユーロの3分の1にも満たない。
しかし、2000年初頭以来、労働コストは倍増しており、付加価値の高い経済を目指して産業構造の転換を図らなければ、コスト上昇とともに国際競争力を失う中進国の罠に陥りかねない。ところが、労働人口の高齢化と熟練労働者の不足から賃金が高騰しているにもかかわらず、効率改善に役立つ設備や機械への投資は伸び悩んでいる。リトアニアで生産される製品の7割近くは輸出されるが、石油製品、肥料、プラスチック製品、肉・魚加工品、穀物など主要輸出品の競争力は低下している。EU内における市場シェアも、ここ数年縮小を続けている。
従って、旧ソ連時代の遺制に依存する産業構造を脱し、国際競争力のある産業を育成しなければならない。そこで重要となるのが人的資本であるが、リトアニアは人口流出の危機にある。独立当時の人口は370万人であったが、毎年2万人以上の人口流出が続き、2015年には290万人を割り込んでしまった。特に、失業率の高い若者(20~29歳)の流出が目立っており、大きな懸念材料となっている。

魅力ある欧州のビジネス拠点

このように国民経済という単位でリトアニアを見る限り、多くの課題が残されていることは否定し難い。しかし、欧州のビジネス拠点として考えた場合、リトアニアは依然として魅力ある投資対象である。例えば、リトアニアはヴィリニュス、カウナス、クライペダなど交通の要衝に経済特区を設け、創業から6年間の法人税免除、その後10年間は法人税率7.5%(通常の半分)、配当金・不動産税の免除などによって外国投資を誘致している。中でも注目すべきはクライペダである(図3)。

図3 リトアニアの主な経済特区と交通の要衝クライペダ

図3 リトアニアの主な経済特区と交通の要衝クライペダ

出所:Invest Lithuania: The Lithuanian Investment Promotion Agency.

この地域は同国のGDPの12%を占め、ヴィリニュス、カウナスに次ぐ第3の経済中心地であるのみならず、欧州市場向けのビジネス拠点としても有力な投資対象地域の一つとなっている。それは、この地はバルト海に面した不凍港があり、道路網、鉄道網、航空網を含めて欧州市場においても重要な交通の要衝であるからだ。また、クライペダ郡の2012年の付加価値構造を見てみると、25%が工業(建設業を除く)、43%が卸売業・小売業、運輸業、ホテル、フードサービスであり、その多くがバルト海沿岸部で生み出されている。
リトアニアは、これまでもEUの政策を積極的に受け入れ「ブリュッセルの優等生」として振る舞い、金融危機に際してもユーロペッグを維持し、財政を再建し、構造改革を進めてきた。高成長の半面、格差の拡大など成長のゆがみが生じていることも事実だが、リトアニア政府は、一貫してビジネス環境の改善に取り組んできており、今後もこの点は揺らがないだろう。従って、依然としてリトアニアは魅力ある欧州のビジネス拠点の一つといえる。最後に、単一市場が形成されているEU市場への投資を考える際には、先に指摘したクライペダのように、国という単位だけでなく、欧州市場の中の地域という視点から投資対象を検討することが、とりわけ重要になることを指摘しておきたい。

[執筆者]蓮見 雄(立正大学経済学部教授)

※この記事は、2016年6月9日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

女性駐在員の進出が目覚ましい在ロシア日本企業-労働許可取得の新条件が追い風に ー菅原 信夫

ロシア国旗

概要

モスクワの女性駐在員数が増加している。総合商社の業界でいえば、女性駐在員が活躍するようになったのは2000年以降と、本当につい最近である。増員の追い風になっているモスクワの労働環境の変化、特に労働許可取得の新条件について取り上げてみたい。

女性駐在員が少なかった時代

最近のロシア経済指標は、ご存知の通りマイナスの羅列で、心をワクワクさせるような数字はどこを見ても出てこない。だからと言って、元気が出る数字がないこともない。例えば、モスクワの女性駐在員の数だ。
私のいた総合商社という業界において、女性駐在員が活躍するようになるのは2000年以降で、本当につい最近の出来事である。それまでは、女性社員が出張に来たりすると、大変な歓迎とともに、臆することなくロシアに乗り込む女性として、男性陣の尊敬を一身に集めるような時代だった。

ロシアに女性駐在員が少なかった理由は、
1)かつて物資の少なかった旧ソビエト連邦(ソ連)/ロシアでは、駐在員の生活を担うのは駐在員の夫人であった。また、娯楽の少ない中、家庭に来客を招き接待するのも、駐在員とその家族の大きな仕事だった。単身の女性駐在員には、対応が難しい面があった。
2)ロシアのお酒といえばウオツカ。ロシア人の中には、ウオツカの飲み干し度合いで友好度を測ろうとする人も多かった。アルコール耐性を買われてモスクワ勤務となった男性駐在員でもひるむほどだ。
3)旧ソ連時代、商社駐在ビザは外国貿易省に許認可権があり、駐在員交代ともなると、所長が新駐在員の略歴を持参し、ロシア側のアグレマン(承諾)を取得してから初めて交代となったものだ。女性の場合、このアレグマンがほとんど取れなかった。
今、手元に1986年度版「モスクワ日本人会会員名簿」がある。以下、勤務先と人数、カッコ内が女性会員数だ。

―大使館:53(4)、商社:157(3)、日本航空:13(1)、報道:21(0)

本当に小さな日本人社会だったわけだが、それにしてもあまりに少ない女性駐在員の数を見ると、これでよくぞ事務所が維持できたものだと思う。しかし、そこはうまくできたもので、ハルピン育ちで日本語が堪能なロシア人女性が日本人駐在員の商談を通訳として援護したり、駐在員夫人が事務所でのパーティーの準備をしたり、まさに一体となって業務にまい進したものである。

今では70人を超える女性が活躍

時代は変わって2016年。「ジャパンクラブ」のホームページ掲示板には、「働く女性の会」の活動が毎月掲出されている。2007年に「モスクワ日本人会」と「モスクワ日本商工会」が合体する形で成立したジャパンクラブには、現在法人会員として、197社700人ほどの会員が登録している。その中の50人ほどの女性会員を対象に「働く女性の会」が昨年結成された。特にメンバー制を取っているわけでもなく、都合がつけば会合に参加するという緩い組織だが、それでも常に30人ほどの女性達が顔をそろえるという(以上の数字はジャパンクラブ事務局より2016年3月にご提供いただいた)。
さらに個人会員として40人ほど登録しているが、そのうち女性会員は20人以上になる。合計すると、ジャパンクラブだけでも70人を超える女性が現地で活躍中という状況が分かる。

増加の追い風になった、モスクワの労働環境の変化

2010年あたりから女性会員が増加に転ずるが、その理由は次のようなモスクワにおける労働環境の変化が挙げられる。
1)東京外国語大学、上智大学といった、ロシア語専攻のある大学において、女子学生の占める割合が圧倒的に高くなりつつある。その結果、毎年ロシア語要員を定期的に採用する企業においても、女性の占める割合が自然に高くなっている。
2)ロシアでは、新しい移民法の規定により、ロシア語の総合力テストに合格することが労働許可取得の要件の一つに定められた(2015年1月より)。このため、駐在員にはロシア語に一定能力を持つ候補者を送り込むことが必要となり、語学で才能を示す女性の登場機会が増えつつある。
3)ロシア全体のビジネス環境が変わりつつあり、ロシア側でも女性が躍進している。また、酒宴の席などは大幅に減り、女性にも営業担当を任せやすい世の中になった。
4)1990年代のソ連崩壊後の混乱期を経て、2000年代から今日までの、特にモスクワにおける都市インフラの改善は特筆に値する。これにつれて、都市の安全という面においても、女性の一人暮らしへの心配が減り、会社としても女性を派遣できる環境が整った。

筆者の個人的な見解としても、モスクワ、サンクトペテルブルクの2大都市は、今や男女を問わず日本人には快適な勤務地といえよう。ソ連の崩壊で廃虚のようになった都市インフラも立派に再構築され、交通、住居、通信など世界の大都市の中で間違いなく上位に数えられるほどになった。モスクワの場合、多くの日本人は環状線の内側に住居を構えていて、どこへ行くにも地下鉄が簡単に利用できる。零下20度の厳冬でも、建物内は集中暖房が効き薄着で過ごせる。経済制裁のために新鮮な乳製品、海産物が入荷しなくなったと騒いでいたのはもう2年も前の話で、今ではスーパーに欠品はない(逆に経済制裁対抗輸入代替え商品、というものがあふれている)。

快適な都市を支えているのは外国人

こういう快適な都市になったが故に、ロシア外部からモスクワに向かう就労希望者は後を絶たない。モスクワから見ても、この都市環境を維持するには、大変な数の労働者が必要となる。夜中の2時頃、私の住むアパートの外には大型のゴミ収集車がやってきて、生ゴミから大きな家具まで、コンテナに入った全てを持ち去っていく。トラックのドライバーも入れて、5、6人のチームが手際よく各アパートの入り口を回る。ゴミの入ったコンテナを建物のダストシュート底部から、ゴミ収集車まで運ぶ仕事は、各アパートにいるコンシェルジュと呼ばれる管理人の役目。彼らはまた、アパート1階の出口に面した小部屋に待機して、朝は6時頃から夜10時すぎまでアパート住民のこまごまとした用事を手伝う。雪が降ると、各アパートのコンシェルジュは早速雪かきショベルを手に、アパート入り口前の除雪にかかる。道路では、モスクワ市役所から派遣された除雪隊がいつの間にか作業を始めている。
こうしてモスクワで生活していると、都市のインフラを守るのはやはり人力なのだと思う。では、その人力はどこから来るか。これが時々報道される中央アジアのマンパワーである。ちなみに、私のアパートのコンシェルジュはキルギス人、隣のアパートはガザフスタン人である。何人かのチームで勤務しているが、メンバーがすっかり変わることはないので、どうやら、家族やグループ単位で担当の契約が決まっているものと見える。

ロシア語の総合テストが労働許可取得に導入された背景

ロシアは、旧ソ連構成国であった国々とは、現在も独立国家共同体(CIS)諸国として、特別な関係にある。その一つが、カザフスタン、ベラルーシとの間で2007年に締結された3カ国関税同盟である。これらの国々からロシアに就労目的で入国する移民に対しては、ロシア入国ビザを不要とする一方、労働パテントと呼ばれるCIS諸国限定の労働許可が発給される。労働許可は毎年連邦により割り当てられる許可枠数量と結び付いていて、この割り当てを「クオータ」と呼ぶ。ただし、入国ビザを不要としているCIS諸国からの労働者にはクオータ制限がない。このため、中央アジアからの労働者が無制限にロシアに流入する恐れがあった。
そこでロシア政府は、ロシアにおいて「善良なるロシア市民として生活できる」資質をロシア語の能力で確認しようと、労働パテント取得にロシア語、ロシアの歴史、ロシア法の試験への合格を義務化した(2014年からスタート)。このあおりを受け、日本人に対しても、通常のクオータ枠内で労働許可を取得するためには、この試験に合格することが必要となった(2015年1月より)。

マネジャーとスタッフで、労働許可枠を使い分ける日本企業

例外的に、高度熟練専門家(Highly Qualified Specialist=HQS)というカテゴリーで労働許可を申請する場合においては、このロシア語試験合格の条件はなくなる。ただし、本人の年間所得が200万ルーブル(月次所得16万7,000ルーブル)以上であることが条件だ。このような法的条件を満たすべく、日本企業においては、マネジャークラスについては社宅扱いのアパート家賃なども含めて、年収200万ルーブルを実現してHQSカテゴリーでの労働許可申請を行っている。また、スタッフクラスについては、ロシア語試験に合格できるロシア語力を持つスタッフを東京より呼び寄せ、従来の若手スタッフは交代させる、という動きが出ている。その結果として、外国語大学などでロシア語を専攻した女性たちが、駐在員として送り込まれる現象に結びついていく。
このような過程を経て「女性の海外駐在が実現する可能性が高い国がロシア」という認識がにわかに広まり、2015年あたりから新卒の就職活動において露文系女子学生の会社訪問対象がだいぶ変化してきていると聞く。
2016年3月、当社が東京ロシア語学院と共催した「就職準備セミナー<ロシア語で働くということ>」には、大学でロシア語を専攻する現役学生が多数参加した。そこにも女性の姿をたくさん見ることができた。また、現地採用日本人枠を持つ会社も増えつつあり、その枠を目指して、モスクワで日本企業回りをする日本人女子学生に会ったこともある。今後、在ロシア日本企業で活躍する女性駐在員は、ますます増加していくことだろう。

[執筆者]菅原 信夫(スガハラアソシエーツ代表取締役兼ロシア法人「Business Eurasia」代表取締役)

※この記事は、2016年4月13日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

新段階に入る極東開発 -伏田 寛範

ロシア国旗

概要

2015年は、ロシア極東開発の転機であった。新経済特区やウラジオストク自由港が始動し、第1回東方経済フォーラムが開催された。こうした開かれた環境の下で、産業クラスター形成の鍵となるスピンオフと産学連携や、外資の参入が進んでいる。多様な企業が担い手となって、極東開発は新たな段階に入り始めている。

はじめに

2015年は極東開発にとって新たな転機の年であった。まず注目されるのは、同年3月30日に「優先的社会経済発展区域(TOR)」と呼ばれる新型の経済特区を設置する法律が発効したことである。これは、アジア太平洋地域を主なターゲットとした製品の生産拠点となる地区を極東地域に創出しようというものである。TORを設置することで、これまで極東開発の中心となっていたエネルギーや資源分野だけでなく、農業、輸送、ハイテク産業など新たな分野においても国内外の投資家を呼び込むための条件作りが急速に進んでいる1

2015年10月に始動した「ウラジオストク自由港」もまた、TORと並び注目されている。ウラジオストク市とその周辺地区を領域とするこの経済特区は「輸送網を整備し、天然資源以外の輸出産業育成を目指す」2ものであり、関税・検疫・出入国管理などに関する規制が大幅に緩和される他、入居者に対しては諸税の減免やインフラの無償提供などといった優遇措置が与えられることになっている。

投資家の誘致という点で注目されるのは、2015年9月にウラジオストクで開催された第1回東方経済フォーラムであろう。ロシア国内外から32カ国約4,000人(そのうち外国人は約1,500人)もの参加申し込みがあったこの会議には、プーチン大統領をはじめ閣僚や政府高官が参加し、大統領自ら極東地域のトップセールスを行った3

こうしたプーチン政権の強力なイニシアチブと次々と打ち出される新政策に目が奪われがちであるが、現場の極東地域においても着実に変化が生じている。本稿では極東開発を担う経済主体の変化に注目し、新たな局面に入りつつある極東地域の姿を描きたい。


1 TORについては「ロシア極東に企業を呼び込め-ビジネス重視の極東開発戦略への転換」(2015年4月21日付掲載)を参照。
2 「ウラジオストク自由港-国際ビジネス拠点への変貌にも期待」(2015年10月1日付掲載)を参照。
3 Thttp://www.rg.ru/2015/09/07/forum.html

スピンオフの進むコムソモリスク・ナ・アムーレの産業

2015年2月、政府小委員会は、沿海地方のナデジンスキー、ハバロフスク市とともに、コムソモリスク・ナ・アムーレ市をTORの設置区域として選定した。同市は、ハバロフスク市の北東約360キロメートルのアムール川左岸に位置する極東第3の工業都市である。コムソモリスク・ナ・アムーレ市は、ソ連時代に極東地域における機械製造業・軍需産業の拠点として建設され、スホーイ・ブランドの航空機を製造するコムソモリスク・ナ・アムーレ航空機工場(KnAAZ)や、タンカー、貨物船、潜水艦などを建造するアムール造船所(ASZ)などが立地する。TOR「コムソモリスク」は、同市の経済を支えるKnAAZを中心とした航空機関連のハイテク産業クラスターを創設することを目的としているが、既にこうしたクラスターの形成の兆しは現れている。ここではKnAAZとコムソモリスク・ナ・アムーレ国立工科大学(KnASTU)を例に、クラスター形成の鍵となるスピンオフの進展について紹介しよう。

長年、主に軍用機の生産に携わってきたKnAAZは、1990年代から生産の多角化に取り組むようになり、2003年からは新型旅客機スホーイ・スーパージェット100(SSJ-100)の開発生産に参加するようになった。KnAAZにはSSJ-100の一部コンポーネントの生産と最終組み立てラインが設置され、さらに、この新型旅客機を開発した航空機メーカー「スホーイ民間航空機」(本社:モスクワ)のコムソモリスク・ナ・アムーレ支社も置かれた。KnAAZによると、今後、SSJ-100の生産により同工場で生産された50%は民需品になると見込まれている4。このように、ソ連時代以来の軍用機の生産工場であったKnAAZに本格的な民間機部門が誕生しつつあるのだ。

KnAAZと並んでTOR「コムソモリスク」の核となるのが、KnASTUである。同大学は1955年の創立以来、コムソモリスク・ナ・アムーレ市の地元経済を支える企業で働く技術者の養成に携わってきたが、近年は地元企業との共同研究・開発活動にも力を入れている。2010年に設立されたKnASTU付属の技術移転センター(テクノパーク)では、石油精製用の触媒や複合素材、特殊金属によるメッキ加工技術、レーザー測定技術などの新技術が開発され、実際にKnAAZやASZ、石油会社ロスネフチなどで採用されるに至っている。テクノパーク以外にも、KnASTUからスピンオフする形で、若手研究者らによる小規模イノベーション企業が多数設立され、新技術の事業化が取り組まれている5。こうした企業群がKnAAZなどの中核企業の周辺に集積することでクラスターを形成し、さらには新産業の創出や多角化に寄与することが期待されている。


4 http://www.knaapo.ru/about/history/etapes/civil_project/
5 https://www.knastu.ru/page/259

極東発のバリューチェーンは形成できるのか? -新型経済特区の展望

新型経済特区TORの成否は、何を極東地域で生み出し、アジア太平洋地域で売っていくのか、という点に懸かっている。ロシア政府首脳はたびたび「TORや自由港は外国の『最良の実践』を取り入れたものであり、アジア太平洋地域において最も恵まれた条件を提供するものだ」といった内容の発言6を繰り返しているが、そうしたビジネス環境を整えることは必要条件にすぎない。むしろ課題は、TORや自由港の枠組みを活用して、アジア太平洋地域に見られる高度なバリューチェーンの中に極東地域をいかに統合していくのか、あるいはロシア極東地域を軸とした新たなバリューチェーンを形成することができるのか、といったことにある。

例えば、TOR「コムソモリスク」の中核企業KnAAZは、旅客機(SSJ-100)の国際共同開発・生産のプロジェクトを通じて極東地域発のバリューチェーンを築き、ロシア国内だけでなくアジア太平洋地域にも製品を販売している。また、メキシコのInterjetはSSJ-100を17機運用しており、さらに10機を追加導入するという。他にも、中国やベトナムにもSSJの販路を拡大する計画があると報じられている7。こうした成功例を積み重ねることが必要なのである。

新たなバリューチェーンの形成という意味では、極東地域に眠っているビジネスの種(シーズ)をいかに花開かせるのかといった視点も重要となる。前節で紹介したように、既にコムソモリスク・ナ・アムーレでは大学発のベンチャー企業が多数設立されており、こうした独自技術を持った企業がロシア国内外の企業と協力することで新たなビジネスを生み出すことが期待されている。TORや「自由港」が提供するさまざまな優遇条件は、そうした新ビジネスを育てていくための養分となるだろう。


6 例えば、プーチン大統領の第1回東方経済フォーラムでの演説(http://jp.sputniknews.com/business/20150904/849898.html)やガルシカ極東発展大臣へのインタビュー(http://jp.sputniknews.com/business/20150904/846167.html)にこうした趣旨を見いだせる。
7 http://ria.ru/analytics/20150826/1208834341.html

開かれた地域に変貌する極東地域-新たな段階に入りつつある日ロ経済協力

これまで、ロシア極東地域は狭い市場故に十分な関心が払われてこなかった。だが、極東地域の背後には1億人の規模を誇る中国東北部や中央アジア諸国市場が控えている。こうした新たな市場を確保するための橋頭堡(ほ)としても、極東地域の重要性は高まってきているのだ。2015年9月に開催された東方経済フォーラムにロシア国内外から多数の参加者があったことは、彼らが極東地域のポテンシャルを高く評価していることの証左であろう。極東開発に参加する主体の多様化・多国籍化が急速に進んでおり、極東地域は文字通り開かれた地域へと変貌しつつある。

極東地域を舞台とした日本とロシアの経済関係や経済協力もまた、新たな転機を迎えつつある。ソ連時代から続く両国の経済協力の歴史をひも解くと、従来は大企業による資源分野での協力が主であったが、近年では経済協力の分野も主体も共に多様化していることに気が付く。ウラジオストクでの自動車工場建設やハバロフスクでの温室農業事業などは、その好例であろう。中小企業もまた極東地域への進出を検討するようになり、一部の事業では既に成果を挙げているものもある8。さらに今後は、上記で紹介したような現地のスピンオフ企業との合弁事業なども見込まれるだろう。これからの日ロ経済協力は、資源開発のような巨大プロジェクトだけでなく、日ロ両国で多様なニーズとシーズを掘り起こし、どのように事業化していくのかという観点も重視されるようになるだろう9


8 個別事例についてはウェブサイト『ロシアNOW』の「露日ビジネス新潮流」(http://jp.rbth.com/ronichi_business)を参照。
9 日本企業のロシア進出については「ロシア進出と現地での事業活動における経営課題(1)進出形態」(2015年12月22日付掲載)を参照。

[執筆者]伏田 寛範(公益財団法人日本国際問題研究所研究員)
※本稿は、著者個人の考えであり、著者が勤務する組織の考えを代表するものではない。

※この記事は、2015年12月28日三菱東京UFJ銀行グループが海外の日系企業の駐在員向けに発信しているウェブサイトMUFG BizBuddyに掲載されたものです。

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